心筋細胞の分化
岡 亨、小室 一成
東京大学大学院医学系研究科循環器内科
〒113-8655 東京都文京区本郷7-3-1
要約: 心筋細胞は中胚葉から発生し,胎生期には分裂・増殖を繰り返すが,出生後その分裂能を喪失する.心筋細胞はミオシン,アクチンなどの構造タンパク質やANP,BNPなど心筋特異的遺伝子を発現しているが,これらの遺伝子の転写は心筋特異的転写因子によって制御されている.心筋特異的転写因子の研究はショウジョウバエの心臓特異的ホメオボックス遺伝子tinmanの発見を契機に進展し,そのマウスホモログであるCsx/Nkx‐2.5,zinc
fingerモチーフをもつGATA遺伝子ファミリー,MADS boxをもつMEF2遺伝子ファミリー,bHLHモチーフをもつd/e
HAND遺伝子などの転写因子が単離されてきた.これらの転写因子は胎生早期から予定心臓領域に発現し,loss‐of‐functionやgain‐of‐functionによって心臓発生に重要な役割を果たしていることが明らかになった.さらに,心筋特異的遺伝子の転写調節としてプロモーター領域の特異的な塩基配列に直接結合するだけではなく,相互にprotein‐protein
interactionやco‐factorを介する機序も示された.また,予定心臓領域に接する内・外胚葉から分泌される細胞増殖因子dppやBMP2/4は中胚葉に心筋特異的転写因子を誘導することからTGF‐βスーパーファミリーのような細胞増殖因子も心筋細胞の発生において重要と考えられる.心筋細胞では骨格筋におけるMyoDファミリーのような強力なマスター遺伝子は同定されていないが,心筋細胞の発生・分化のgenetic
cascadeを解明することは,未分化細胞や非心筋細胞を使った心筋細胞誘導を可能とし,心筋梗塞などで失われた心機能を再生心筋によって回復させるといった新たな治療法の開発につながるものと考えられる.
キーワード: 心臓発生, 心筋特異的転写因子, 細胞増殖因子, 心筋再生
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