日薬理誌 117 (2), 123-130 (2001)


経口投与可能なPGI2誘導体ベラプロストナトリウムの薬理作用と臨床効果

西尾伸太郎,車谷  元

東レ株式会社 医薬研究所
〒248‐8555 神奈川県鎌倉市手広1111
e‐mail: Shintaro Nishio@nts.toray.co.jp;
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要約: プロスタサイクリン(PGI)は主に血管内皮細胞で合成される内因性のエイコサノイドであり,血小板の粘着/凝集や血管の収縮に対して強力な抑制作用を有している.しかしながら,その半減期が極めて短いために治療薬としての使用は静脈注射に限られていた.ベラプロストナトリウム(以下ベラプロスト)は,世界ではじめての経口投与可能なPGI誘導体であり,東レ株式会社で創製された.ベラプロストはPGIの不安定性の原因となっているエキソエノールエーテル構造をフェノール構造に置き換えるとともに,ω‐側鎖に化学修飾を加えることで抗血小板作用と副作用との分離を図ったものである.ベラプロストの有効性は,まず慢性動脈閉塞症の臨床試験で示され,「慢性動脈閉塞症に伴う潰瘍,疼痛及び冷感の改善」の治療薬として1992年に製造承認を取得した.現在では,「ドルナーR」,「プロサイリンR」の商標で広く臨床応用されている.原発性肺高血圧症は原因不明の肺血管抵抗の増大によって,数年で死に至るきわめて重篤な疾患であるが,本症に対する有効性が示され,1999年に「原発性肺高血圧症」の効能追加が認められた.ヨーロッパにおいて,間歇性跛行症を対象疾患としたプラセボとの比較試験が実施され(BERCI‐2),ベラプロスト投与群での有意な歩行距離の改善が最近報告された.ベラプロストは,抗血小板,血管拡張,血管平滑筋細胞増殖抑制をはじめ,内皮細胞保護,炎症性サイトカインの産生抑制などの多彩な薬理作用を有する.多くの疾患において,PGIの産生低下やThromboxaneA/PGI比の不均衡が微小循環の障害をもたらし,病態の増悪に関与するとされる.ベラプロストの発売以降も多くの基礎および臨床での研究がなされ,脳卒中,PTCA後の再狭窄,糖尿病性神経障害,糖尿病性腎症,脊柱管狭窄症,糸球体腎炎,動脈硬化など,なお有用な薬剤に乏しい多くの疾患での有効性が示唆されている.今後こうした疾患とPGIの低下の関与が明確になり,コントロールされた臨床試験によってベラプロストの有効性が検証されることが期待される.

キーワード: ベラプロスト,慢性動脈閉塞症,原発性肺高血圧症,ドルナーR,プロサイリンR

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