遺伝子変異マウスを用いた学習・記憶形成機構の解明
〜潜在学習の形成機序〜
野田 幸裕
名古屋大学大学院医学研究科医療薬学・附属病院薬剤部
〒466‐8560 名古屋市昭和区鶴舞町65
e‐mail: y‐noda@med.nagoya‐u.ac.jp
要約: 潜在学習の形成機序を行動薬理学的に解析するため,頭部外傷マウスおよび遺伝子変異マウスを用いて調べた.マウスの潜在学習は,ドパミン作動薬によって障害され,この障害はドパミンD2受容体拮抗薬やノルアドレナリン取り込み阻害薬によって緩解されるが,ドパミンD1受容体拮抗薬では緩解されない.また,ノルアドレナリン作動性神経系を低下させたマウスにおいても潜在学習の障害が観察される.さらに,頭部外傷後遺症モデルマウスの潜在学習能力は低下しており,このモデルマウスにおいてドパミン作動性神経系の機能亢進およびノルアドレナリン作動性神経系の機能低下が認められた.従って,両神経系のバランス異常により環境からの新しい刺激に対する注意力が低下し,記憶の獲得や再生過程が障害されるものと思われる.次に,脳内カテコールアミンの合成能を遺伝的に障害し,ドパミンおよびノルアドレナリン作動性神経機能を低下させたtyrosine
hydroxylase(TH)遺伝子変異マウスの潜在学習能力を調べたところ,野生型マウスに比べ潜在学習能力は低下していた.この変異マウスの脳内cyclic
AMP(cAMP)含量は,野生型マウスに比べ有意に減少していたことから,脳内カテコールアミン作動性神経系の機能低下による細胞内情報伝達系の低下が,潜在学習障害の発現に関与していることが示唆された.そこで,cyclic
AMP(cAMP)response element(CRE)の共役因子のCRE結合タンパク(CREB)結合タンパク(CBP)遺伝子を改変させたマウス(CBP遺伝子変異マウス)を用いてcAMPから核内のCREB,CREおよび標的遺伝子の転写へと続く一連のカスケードが潜在学習にどのように関与しているかを検討した.この変異マウスにおいても潜在学習能力は低下していた.一方,GTP結合タンパク共役型受容体の一員であり,細胞内cyclic
AMPの上昇を抑制するノシセプチン受容体を欠損させたマウスでは,野生型マウスより潜在学習能が増強しており,脳内ドパミン作動性神経系の機能は低下していた.また,野生型マウスにノシセプチンを脳内投与すると潜在学習が障害されたことから,ノシセプチン受容体は,学習・記憶を抑制的に調節している可能性が示唆された.以上の結果から潜在学習障害は,脳内カテコールアミン作動性神経系を介するアデニル酸シクラーゼ活性の低下により細胞内cAMPの産生が抑制され,核内におけるCREB,CREによる標的遺伝子の転写が抑制されることによって発現するものと示唆される.
キーワード: 潜在学習,遺伝子変異マウス,カテコールアミン,cyclic
AMPシステム,ノシセプチンシステム
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