摘出心房組織標本を用いた心臓作用薬研究法
田中 光,重信 弘毅
東邦大学薬学部薬物学教室
〒274‐8510 船橋市三山2‐2‐1
e‐mail: htanaka@phar.toho‐u.ac.jp
要約: 摘出心房組織標本は作製が比較的容易で酸素不足にも強いことなどから学生実習や心臓作用薬の簡便な評価等に適しているが,使用上注意すべき点もいくつかある.心筋収縮力を決定する調節機構には,心筋には拍動頻度を変えると収縮力が変化するいわゆる階段現象がある.モルモットやウサギでは頻度上昇とともに収縮力が増大する正の階段現象,ラットやマウスは逆の負の階段現象がみられる.興奮収縮連関機構に関しては,心室筋の場合,よく発達したT管の機能により細胞質全体のCa2+濃度がほぼ同時に上昇するのに対し,T管を持たない心房筋細胞では電気刺激後,まず細胞膜直下のCa2+濃度が上昇し,細胞中心部に向かってCICRの伝搬によりウェーブ状にCa2+濃度上昇が拡がっていく.この違いにより心房筋と心室筋との薬理学的性質にも差異が生じている.活動電位に関してはモルモット,ウサギ,ヒトなどに比べ,ラットやマウスは持続時間が極めて短い特有の波形を有する.主な再分極電流がモルモット,ウサギではdelayed
rectifierタイプであるのに対し,ラット,マウスではtransient outward currentタイプであることによる.ムスカリン受容体刺激により,心室筋では活動電位波形にほとんど変化は見られないが,心房筋では持続時間の短縮が見られる.洞房結節の活動電位には他の心筋にない電流成分が関与しており,特に緩徐脱分極相に関与するIf,Ist,ICaTなどは収縮力に影響しない徐脈薬のターゲットになり得る.心房筋標本には神経細胞や心内膜内皮細胞なども含まれており,心拍数や収縮力の変動がこれらの細胞の働きを介している場合もある.以上のように摘出心房組織標本は様々な特徴を有しており注意が必要だが,それらをメリットとして積極的に活用することも可能であろう.
キーワード: 心房,心筋収縮力,活動電位,興奮収縮連関
日本薬理学雑誌のページへ戻る