日薬理誌 119 (1), 7-14 (2002)


アルギニンパラドックス

中木 敏夫,菱川 慶一

帝京大学医学部薬理学教室
〒173‐8605 東京都板橋区加賀2‐11‐1
e‐mail: nakaki@med.teikyo‐u.ac.jp

要約: L‐アルギニン(L‐Arg)が尿素回路を構成するアミノ酸であることは古くから知られていたが,今日のように注目を集めるようになったのはNO合成酵素の基質であることが明らかになったからである.NO合成酵素には3種類のアイソザイムがある.3種類のNOSは細胞内L‐Arg濃度により,理論的にはすでに十分な基質濃度に達している.L‐Argを増やしても活性は最大でもわずかに1%増加するのみであり,差がある反応として認知できる量のNOが新たに産生されるとは考えられない.それにもかかわらず,新たに外部からL‐Argを追加するとNOの産生量が増加し,NOによる生体反応が惹起される.この現象をアルギニンパラドックスと呼ぶ.アルギニンパラドックスの説明は,未だ十分とは言えないが,これまでいくつか提唱され,次のことが考えられている.L‐Argにより分泌するインスリンの作用がパラドックスを説明する一部であるとする考え方がある.細胞外L‐Argが長期間低濃度に押さえられると,細胞内のL‐Arg産生のみではたとえKm値よりも高濃度であってもNO産生を維持するには不十分である.細胞内L‐Arg自身よりも,細胞外のL‐Argが輸送体に運ばれてきた時にeNOSの基質となるという考え方がある.内因性拮抗物質(ジメチルアルギニン,シトルリン,アグマチン)が増加すると,より高濃度のL‐Argを必要とする.神経細胞内のL‐Arg濃度は細胞外L‐Argへの依存度が高く,細胞外のL‐Arg添加により多くの場合NO産生の増加を来すが,シトルリン濃度とL‐Arg濃度の比がnNOSによるNO産生量を決める,などである.


キーワード: L‐アルギニン,アルギニンパラドックス,血漿アルギニン,y+

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