各種遺伝子改変マウスを用いた胃酸分泌および胃粘膜細胞の恒常性の解明
岡部 進,古谷 和春,前田 和彦,相原 剛,藤下 晃章,藤内 俊輔
京都薬科大学 応用薬理学教室
〒607‐8414 京都市山科区御陵中内町5
e‐mail: okabe@kyoto‐phu.ac.jp
要約: 胃が塩酸を分泌し,さらに胃および隣接臓器である食道および十二指腸に潰瘍が発生することが判明して以来,潰瘍の成因との関連で特に胃酸分泌機構および胃酸に対する胃粘膜の防御機構,各種粘膜細胞の分化・増殖が検討されてきた.その結果,胃酸分泌細胞(壁細胞)には,アセチルコリン(M3),ヒスタミン(H2),ガストリン(CCK2)などの受容体が存在することが判明し,かなり特異性の高い拮抗薬も開発されてきた.また,壁細胞に存在する酵素H+,K+‐ATPase(プロトンポンプ)やECL細胞に存在するヒスチジン脱炭酸酵素(HDC)に対応する阻害薬も開発された.しかし,薬物の特異性,持続時間などの点で,薬理学的に胃粘膜の生理機能や恒常性を詳細に解明することは困難であった.一方分子生物学および遺伝子工学の発展により,特定の遺伝子を標的にして,遺伝子欠損または過剰発現マウスが作製された.これらのマウスの使用により,従来薬理学的には解明が出来なかった諸問題が明らかとなり,また予期しなかったような新しい事実も発見できるようになった.H2受容体欠損マウスでは,生後しばらく胃酸分泌は低下したが,成育とともに野生型と同じとなった,しかし,胃粘膜は肥厚し,メネトリエ病様変化が発生した.HDC欠損マウスにおいても,成育とともに胃粘膜の肥厚はおきたが,メネトリエ病様変化ではなかった.興味深い知見として,HDC欠損マウスにおいては,ヒスタミンに対する壁細胞の感受性が著明に亢進し,野生型に比較して胃酸分泌は数倍上昇した.M3受容体およびCCK2受容体欠損マウスでは胃酸分泌は明らかに低下していたが,胃粘膜の肥厚などは発生しなかった.壁細胞欠損マウス,H+,K+‐ATPase欠損マウスでは,胃内は無酸であり,胃粘膜は萎縮していた.ガストリン過剰発現マウスにおいては,ヘリコバクター菌を感染させることにより,胃ガンの発生が認められた.今後,これらの遺伝子改変マウスの使用により,近い将来胃ガンの発生機構の解明も大いに期待される.
キーワード: 遺伝子改変マウス,胃酸分泌,胃粘膜細胞
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