日薬理誌 113 (2), 113-120 (1999)


行動抑制を指標とした心理的ストレスモデル

亀井浩行, 野田幸裕, 鍋島俊隆

名古屋大学医学部医療薬学・附属病院薬剤部
〒466-8560 名古屋市昭和区鶴舞町65番地

要約: 心身症や神経症の発症には心理的ストレッサーにより惹起される不安, 恐れ, 悲しみ, 緊張などの情動変化がかかわっていることはよく知られている. これらの病因の解明には実験動物を用いたストレスモデルは欠かせないものである. しかし, 従来のストレス研究で用いられているストレッサーは電撃, 拘束, 強制水泳, 寒冷などであり, いずれも身体的侵襲を強く伴う過激な条件を用いたものが多い. ヒトにおけるストレスの多くは社会環境や人間関係などの心理的ストレッサーにより起こることから, 心理的ストレッサーを負荷した動物モデルを作製することが重要である. ここではそのモデルの一つとしてマウスを用いた恐怖条件付けストレス(conditioned fear stress: CFS)モデルを紹介する. 電気ショックを負荷したマウスを一旦ホームケージに戻し、24時間後に電気ショックを受けた装置に再び戻すと, 著明な行動量の低下, すなわちCFS反応が生じる. この反応は, 動物が過去に電気ショックを受けた環境がストレッサーとなって生じる条件情動反応であると考えられる. CFS反応である自発運動量の低下は, 代表的なベンゾジアゼピン系の抗不安薬であるジアゼパムおよびクロルジアゼポキシドにより緩解されない. また, 三環系抗うつ薬であるイミプラミンや選択的なセロトニン再取り込み阻害薬であるフルオキセチンによっても緩解されない. これらのことから, CFS反応は従来の抗不安薬や抗うつ薬が効かないストレス疾患の動物モデルと考えられる. 一方, このCFS反応は代表的なシグマ受容体アゴニストの(+)-N-アリルノルメタゾシンおよびデキストロメトルファンにより緩解されることから, シグマ受容体に作用する薬物は新しいタイプのストレス疾患の治療薬になりうる可能性が示唆される. 以上, CFSモデルは, 既存の抗不安薬や抗うつ薬に抵抗性を示すストレス関連精神疾患の発症機序の解明やそれらの治療薬の開発において有用なモデルの一つであると思われる.

キーワード: 心理的ストレス, 恐怖条件付けストレス, 行動抑制, シグマ受容体, マウス


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