シグマ受容体の機能 − 電気生理学的アプローチ
石原熊寿、笹 征史
広島大学医学部薬理学教室
〒734-8551 広島市南区霞1−2−3
要約: シグマ(sigma)受容体の機能を電気生理学的研究による知見を基に概説する。現在、
合成されている薬物はsigma受容体に対する作用様式が確立していないのでsigma受容体リガンドとして記載する。中脳辺縁系ドパミン(DA)神経系において、(+)SKF10,047
(N-アリルノルメタゾシン)は腹側被蓋野のDAニューロン発火を亢進する。一方、黒質のDAニューロンに対してN,N'-di(o-tolyl)guanidine
(DTG)などは自発発火を抑制、逆にBMY-14802 ([alpha-(4-fluorophenyl)-4-(5-fluoro-2-pyrimidinyl-1-piperazine
butanol])は発火を亢進するなど、全身投与したsigma受容体リガンドはDAニューロンに対し、一定の効果は見られていないようである。
小脳プルキンエ細胞の自発発火は局所投与されたDTGなどによって抑制される。この作用にはカテコールアミン神経系の関与が示唆されており、運動系に対するsigma受容体リガンドの作用を説明するものと考えられる。
海馬CA3野ニューロンのin vivo記録においてSR31742A ( [cis-3-(hexahydroazepin-1-yl)1-(3-chloro-4-cyclohexylphenyl)propene-1,
hydrochloride] )や ハロペリドール(sigmaリガンド:Hal)の全身投与によって自発発火は抑制される。海馬切片においては、(+)SKF10,047はバースト状の活動を抑制する。また、高濃度(1mM)のDTGはCA1野集合活動電位をほぼ完全に抑制する。一方、我々の研究では、新規sigma受容体リガンドのOPC-24439
( (m-(p-chlorobenzyloxy)-N-cyclopropylmethyl-N-methylbenzylamine hydrochloride)(1-100 microM)がCA1野の集合活動電位を抑制する。
in vivoで局所投与したNMDAによる単一海馬CA3野ニューロンの発火亢進に対して低用量のDTGなどの投与はHal感受性に増強作用を示すが高用量では無影響であり、用量作用関係はベル型となる。Non-NMDA受容体を介する発火には影響しない。一方、NMDA反応に無効なsigma受容体リガンドもある。また、CA1野および苔状線維破壊後のCA3野においては
(+)-ペンタゾシンのみが増強作用を示す。これはDTGなどが苔状線維終末に働くことを示すと思われる。sigma受容体に高い親和性をもつニューロペプチドYの局所投与はCA3野におけるNMDA誘発反応をHal感受性に増強する。ニューロステロイドのデヒドロエピアンドロステロンもHal
感受性にNMDA反応を増強する作用を示す。逆にプロゲステロンは増強に拮抗作用を示す。培養ニューロンのホールセル記録でのNMDA誘発内向き電流は比較的高濃度のDTGなどによって用量依存性に抑制される。しかし、Non-NMDA反応に対する抑制はわずかである。これらの結果からsigma受容体リガンド(内在性物質も含む)はNMDA受容体に対し2相性の作用を持っており、sigma受容体リガンドの学習・記憶調節作用および虚血時などにおける神経細胞死の保護作用との関係が示唆される。
他に、海馬培養ニューロンにおいてCa2+チャネルの抑制が報告されている。また、NCB-20細胞においてはK+チャネルの抑制作用(結果として細胞の興奮)がsigma受容体リガンドの作用として観察される。このようにsigma受容体は精神機能やシナプスの可塑性などに関係するニューロン活動を多様に調節することが示されてきているが、なお十分な成績は得られていない。
キーワード: シグマ(sigma)受容体、ドパミンニューロン、海馬、NMDA受容体、電気生理学的研究
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