日薬理誌 114 (5), 255-264 (1999)


環境分子応答におけるヘム

小川 和宏 (1,2)、柴原 茂樹 (1)、藤田 博美 (2)

(1) 東北大学大学院医学系研究科分子生物学分野
〒980-8575 仙台市青葉区星陵町2-1
(2) 北海道大学大学院医学研究科環境医学分野
〒060-8638 札幌市北区北15条西7丁目


要約: 無酸素環境下で誕生した地球上の生命は,光合成生物の出現により発生した大気中の酸素濃度に適応して進化してきた.酸素は生物にとって有害物質であり,有酸素環境への適応には酸素を結合するヘムが中心的役割を果たしてきたと考えられる.哺乳類におけるヘムはヘモグロビンやチトクロムP‐450の補欠分子族として知られているが,近年ヘムが酸素センサーであることや,ヘムの分解産物ビリルビンが抗酸化作用を持つことが示され,ヘムが環境応答に深く関与していることが明らかになってきた.低酸素ではヘムタンパクである酸素センサーがそれを検知して,転写因子hypoxia inducible factor‐1(HIF‐1)が活性化し,エリスロポエチン(EPO)などの遺伝子発現を誘導すると考えられており,ヘムを含んだ酸素センサー分子の同定と,その下流にあるシグナルの流れについての詳細な解明が期待される.ところでヘム分解の律速酵素HOの誘導性アイソザイムHO‐1も低酸素で誘導される遺伝子の1つであるが,そのほかに基質であるヘム,熱ショック,金属等の様々なストレス刺激によっても誘導され,これは酸化的ストレスに対する生体防御反応と考えられている.今年報告されたHO‐1欠損症では貧血,血清中のヘム高値,ビリルビン低値,組織への鉄沈着,血管内皮傷害が見られ,ノックアウトマウスの所見と共通点が多かった.in vivoでのこれらの結果から,HO‐1は触媒機能以外に,ストレス応答や鉄の再利用にも必要であることが明らかになった.酸素センサーや抗酸化作用などのヘムの新しい機能に注目して環境応答機構を詳しく解析することで,酸素や酸化的ストレスに関連する環境‐遺伝子相互作用や,その異常による疾患の発症機序が解明されていくものと期待している.

キーワード: ヘム, 酸素センサー, ヘムオキシゲナーゼ, 環境ストレス, 適応

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