日薬理誌 114 (5), 265-272 (1999)


胃のストレス応答の分子機構

六反 一仁

徳島大学医学部栄養生理
〒770-8503 徳島市蔵本町3-18-15

要約: 熱ショックタンパク質遺伝子をはじめとする多くのストレス関連遺伝子の発現により引き起こされるストレス反応は,生物が環境変化に適応し生き延びるための重要な戦略の一つである.ラットに水浸拘束ストレスを負荷すると,すばやく一過性の熱ショック応答が認められる.低タンパク質栄養状態のラット,両側副腎摘出ラット,および横隔膜下で迷走神経を切離したラットを用いてこの反応を調べると,急性ストレス時の胃粘膜の熱ショック応答は,視床下部・下垂体・副腎皮質と交感神経・副腎髄質によるストレス反応と連動して引き起こされた.さらに,アドレナリンレセプターの各サブタイプとグルココルチコイドレセプターの拮抗薬を用いた実験から,α1Aアドレナリンレセプターを介する反応であり,ストレス潰瘍を抑制することを明らかにした.最近我々は,表層粘液細胞はNADPH oxidaseを発現しており,腹腔マクロファージに匹敵する程の多量のスーパーオキシドアニオン(O −,50 nmol/mg protein/h)を産生することを明らかにした.表層粘膜細胞からのO −の産生は,ヘリコバクター・ピロリ菌のエンドトキシン(LPS)により,3倍以上増加する.増加したO −はオートクリン・パラクリン的に作用してNF‐κBを活性化する.このように,ヘリコバクター・ピロリ菌が最初に接触する表層粘液細胞は,ヘリコバクター・ピロリ菌に反応して自らのO −の産生を高め,炎症と免疫応答に重要な役割を果たすNF‐κBを活性化させ,IL‐8,ICAM‐1,誘導型一酸化窒素合成酵素などの発現を促す.このように,胃粘膜細胞由来のO −はヘリコバクター・ピロリ菌感染胃粘膜のストレス応答の重要なシグナル分子と考えられた.

キーワード: ストレス, 胃粘膜, 熱ショックタンパク質, NF‐κB, スーパーオキシドアニオン

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