サイトカインと記憶
高木 博
信州大学医学部付属加齢適応研究センター神経可塑性分野
〒390-8621 長野県松本市旭3-1-1
要約: 記憶の素過程であるシナプス可塑性の実験的モデルに海馬で顕著な長期増強現(long
term potentiation, LTP)がある.この長期増強現象には最近の知見から少なくとも3種類の実体の異なるものが存在することが判ってきている.すなわちearly
phase LTP(E‐LTP)(数時間から数日の短期記憶のモデル),late phase LTP(L‐LTP)(一生保ちつづける長期記憶のモデル)およびanoxic
LTP(A‐LTP)(虚血性神経細胞死のトリガー)である.中枢神経系に存在するサイトカイン(脳内サイトカイン)は脳血液関門により末梢組織や免疫組織の本来のサイトカインとは独立にその機能を発揮している.近年,脳内サイトカインが3種類のLTPの誘導に関与していることが示唆されている.例えばinterleukin
1β(IL‐1β)はE‐LTPの誘導を阻害し,A‐LTPを誘導する.またbrain‐derived
neurotrophic factor(BDNF)はL‐LTPをそれ自身で誘導し,更には虚血により低下したE‐LTPの誘導機能を回復する.すなわち,虚血などにより神経細胞がダメージを受けた場合,IL‐1βなどのサイトカインの働きにより,神経細胞は積極的に「選択的細胞死」に追いこまれる.これと同時にBDNFなどのサイトカインの働きによるL‐LTP誘導により,E‐LTPの発現能力に富んだ新規のシナプス形成を積極的に行ない,消失した神経細胞の代償をしているのかもしれない.脳内サイトカインとシナプス可塑性の関係を解明することは単なる3種類のLTP誘導メカニズムの解明にとどまらず,中枢神経系で観察される様々なシナプス可塑性の生理学的意義の時間・空間的意味付けを明らかにすることが期待される.
キーワード: サイトカイン, シナプス可塑性, 長期増強現象, 虚血性神経細胞死
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