日薬理誌 116 (3), 114-124 (2000)


薬物輸送の分子機構

遠藤  仁

杏林大学医学部薬理学教室
〒181-8611 三鷹市新川6-20-2

要約: 生体内に投与された薬物が吸収,分布,代謝,排泄のプロセスを経る中で幾度かは細胞膜を通過する.脂質親和性が強く,分子量が小さい薬物は細胞膜の脂質二重層を単純拡散で通過する可能性はあるが,多くの薬物およびその代謝物はこの二重層を通るに当り特別な担体を必要とする.これを薬物トランスポーターと呼ぶ.生体にとって異物である薬物を認識して細胞膜を通過させる薬物トランスポーター分子が近年相次いで同定されている.これらは,その化学構造,輸送薬物,輸送機序の差異により5群に大別される.即ち,(1)有機イオン薬物トランスポーターファミリー,(2)ATP依存性薬物トランスポーターファミリー,(3)ペプチドトランスポーターファミリー,(4)肝由来有機アニオントランスポーターファミリー,(5)アミノ酸・ポリアミン・コリントランスポーターファミリーである.これら5群の薬物トランスポーターに共通した性質は,細胞膜を12回貫通する膜タンパク質である.輸送基質である薬物の選択性が多様で特異性が低い.組織分布がそれぞれのトランスポーターにおいて特有であり,薬物動態の各ステップでの役割が明確である.細胞内ドメインにはリン酸化部位が想定され,薬物トランスポーター機能がトランスポータータンパクのリン酸化,脱リン酸化による調節を受けている.古典的な酵素と基質の高い特異的認識性とは異なり,薬物トランスポーターの基質認識の多選択性についての分子メカニズムは未だ明らかにされてはいないものの,薬物トランスポーターの多くの分子種は内因性基質と外来性異物である薬物を共に認識する.即ち,本来的には内因性物質や栄養の輸送に必須のトランスポーターが獲得した広い基質認識の中に,類似物質として薬物分子も認識されて細胞膜を通過するように分子進化して薬物トランスポーターとなったものと推定される.薬物間相互作用,薬物トランスポーターの遺伝的多型を含む薬物動態における薬物トランスポーターの役割,基質薬物の分子認識機序の解明,等が今後の研究課題である.


キーワード: 薬物トランスポーター, 薬物動態, 薬物分子認識機構, 薬物トランスポーターの遺伝的多型, 薬物間相互作用

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