日薬理誌 119 (4), 227-234 (2002)


消化管自律運動の遺伝子基盤と病態

徳冨 芳子1),鳥橋 茂子2),徳冨 直史1),西  勝英1)

1)熊本大学医学部 薬理学第二講座
〒860‐0811 熊本市本荘2‐2‐1
e‐mail: ytokutom@kaiju.medic.kumamoto‐u.ac.jp
2)名古屋大学大学院医学研究科 機能形態学講座
 分子細胞学分野
〒466‐8550 名古屋市昭和区鶴舞65

要約: 消化管律動性収縮の起源として,神経と平滑筋細胞の間に介在するCajal間質細胞(ICC)が関与することが,従来から指摘されていた.我々は,レセプター型チロシンキナーゼをコードするc‐kit遺伝子の機能を調べる過程で,c‐kit遺伝子座(W)ミュータントマウスおよびc‐Kit中和抗体投与BALB/cマウスの消化管におけるc‐kit発現細胞の著しい減少と自動運動能の低下を見い出した.また,ICCがc‐kit遺伝子を発現していること,そしてICCのネットワーク構造の発達と維持にc‐Kitタンパクが重要な役割を果たしていることも明らかにした.このc‐KitをICCの特異的なマーカーとして用いることにより,ICCが,律動的な電気的slow waveの発生源(ペースメーカー細胞)として,また,神経から平滑筋細胞へのシグナル伝達のメディエーターとして機能していることが分かってきた.ICCは間葉系細胞に由来し,前駆細胞からの分化もc‐Kitに依存することが示されている.ICCは分布する組織層によって分類され,それぞれのサブタイプで平滑筋細胞,或いは線維芽細胞様の微細構造を呈している.c‐Kitタンパク(レセプター)のリガンドであるSl因子は,消化管において神経細胞と平滑筋細胞に発現しており,Sl遺伝子座ミュータントマウスや,W或いはSl遺伝子座にlacZを導入したトランスジェニックマウスなどを用いた解析からも,c‐Kit/Sl因子がICCの分化・増殖に関与すること,即ち消化管律動性収縮の“key molecule"であることが示唆されている.本稿では,これらの知見に加えて,c‐Kit/Sl因子の関与が示唆されている消化管運動性疾患の病態生理学についても紹介する.


キーワード: 消化管自動運動能,Cajal間質細胞(ICC),c‐kit遺伝子,Sl因子,ペースメーカー細胞

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