三品 昌美 教授(東京大学大学院医学系研究科分子神経生物学分野)
グルタミン酸受容体と脳機能
(受賞講演は,第 84回年会(2011年3月22~24日,パシフィコ横浜)にて行われる予定であったが,東日本大震災により集会中止となった.)
三品 昌美
東京⼤学⼤学院医学系研究科薬理学

江橋節郎先⽣のお名前を冠した⽇本薬理学会の賞を受賞し,⾮常に光栄に存じます.江橋節郎先⽣が筋 収縮の機構を明らかにされ,カルシウムが⽣体内でシグナル分⼦として働いていることを⾒出されてか ら相当な時間が経ったにもかかわらず,受精から記憶までカルシウムシグナルに関する研究は益々活発 になっています.まさしく道を拓かれました.晩年の先⽣にしかお⽬にかかっておりませんが,江橋節 郎先⽣が来られると座がぱっと明るくなることを何度も経験しました.最近は乾杯マンだよと⾔われて いたことが昨⽇のように思い出されます.お酒をこよなく愛され,品の良いジョークと鋭い⼈物評は定 評がありました.お若い頃は研究⼀筋だったと伺っていますが,IUPHAR 東京⼤会を主催され,さらに 会⻑として国際薬理学会の発展にも尽⼒されました.München ⼤会でPlenary Lecture をさせて頂いた 折には司会の労をお執り頂き恐縮いたしました.IUPHAR の理事を務めたCopenhagen ⼤会で2018 年 ⼤会の開催が⽇本に決定し,会⻑や事務局⻑,各国理事から祝福されたたことで,少しは江橋節郎先⽣ に恩返しできたかなと思っております.
私は京都⼤学⼯学部の出⾝で,⼯業⽣化学講座の福井三郎先⽣の⼈柄に魅かれて研究室は楽しいところ だという感覚で研究の世界に⾜を踏み⼊れました.発酵の教室でしたが最初の論⽂がまとまった頃に代 謝制御を追求したいというようなことを⾔ったら,親しくしておられた沼正作先⽣の下で修⾏してこい と,何もわからぬまま俊英が集まっていた医学部医化学教室に送り出されました.その後,遺伝学と分 ⼦⽣物学を学んだ欧州留学中に沼正作先⽣に呼び戻され,神経科学の研究を始めることになりました.
クローニング全盛期が始まる頃でしたが,遺伝⼦から機能を⾒る⽅向に⾏きたいと希望して神経筋接合 部のアセチルコリン受容体の構造と機能に関する研究をさせて頂きました.遺伝⼦からアセチルコリン 受容体機能を発現させることで,必然的に,⽣理学の久野宗先⽣(京都⼤学)やBert Sakmann 先⽣ (Max-Planck Institute)に助けて頂くことになりました.⽣化学や分⼦⽣物学の研究が異分野交流に発 展しました.単なる共同研究を超えて,⽣理学の考え⽅と⾒⽅を⾒聞することができ,⽣体に対する様々な⾓度からの⾒⽅があることを体験するよい機会となりました.
新潟⼤学脳研究所にお世話になった折に,神経筋接合部の研究から興味を抱いていた脳の研究へ発展す る機会を得ることができました.アセチルコリン受容体の構造と機能を研究した経験を活かし,シナプ ス可塑性を制御し記憶・学習にもつながると考えられていた中枢のグルタミン酸受容体の研究を始めま した.スタートしたばかりの⼩さな研究室には⼤き過ぎる望みだったと思いますが,やりたいことをや ろう,駄⽬でも新潟の美味しい⿂と酒があると.村建司博⼠(現新潟⼤学教授)らと語らったものでし た.先輩の先⽣⽅から背中を押され,新⽶教授⼀年⽬で提案した重点領域研究が,斬新な構想だったこ とを評価して頂いたのでしょうか,発⾜することとなりました.分⼦から脳⾼次機能を解明するとの意 気込みで,分⼦⽣物学,⽣化学に組織解剖学,電気⽣理学,⼼理学,⾏動科学の専⾨家に参画して頂く 組織にし,結果的に既存の学問分野の壁を取り払う統合型の脳研究が始まりました.NMDA 受容体の クローニング,機能発現から遺伝⼦ノックアウトマウスの作成が順調に進んだ時期とうまく重なり,多 くの先⽣⽅と⼀緒に研究させて頂くことにより分⼦レベルから脳機能を統合的に探求することができま した.
東京⼤学医学部薬理学講座にお世話になり,江橋節郎先⽣,遠藤實先⽣をはじめとする多くの先輩の先 ⽣⽅から暖かいご⽀援を受け,グルタミン酸受容体から脳機能への研究を発展させることができまし た.NMDA 型や我々が発⾒したδ 型のグルタミン酸受容体は⽣体で記憶・学習に関与するとともに発 達期のシナプスの形成や整備に関与することが明らかとなりました.現在は,純粋なC57BL/6 遺伝的 背景におけるコンディショナルノックアウト法の開発による記憶・学習のシステム制御や分⼦遺伝学的 ⼿法による記憶・学習の分⼦基盤としての脳のシナプス形成機構の解明に⼒を注いでいます.脳を構成 する膨⼤な数の神経細胞が形成する無数のシナプスにはそれぞれ個性があり,多様なシグナルを多様な 時間経過で伝えていることが分⼦レベルから垣間みることができるようになりました.シナプス形成因 ⼦として新たに⾒出した分⼦に精神遅滞や⾃閉症に関与する分⼦があり,脳の発達障害の理解にも貢献 できるものと期待しています.脳研究に携わることにより,情報理論,ロボティクス,臨床,⼼理学, サル学,哲学の先⽣⽅のお話を伺うことができ,脳と⼼,さらには⼈とはという根源的な問いかけにも 触れる機会を得たことは幸運だったと思っております.
(Masayoshi Mishina)
