江橋節郎賞

第6回江橋節郎賞(2012年)

飯野 正光 教授(東京大学大学院医学系研究科 細胞分子薬理)
カルシウムシグナルの時空間動態と機能

受賞講演:2013年3月 第86回年会

第6 回江橋節郎賞を受賞して

飯野 正光

東京⼤学⼤学院医学系研究科細胞分⼦薬理学

江橋節郎先⽣は,研究環境の整備がまだ⼗分ではなかった戦後まもない時代に, Ca2+による筋収縮制御機構を 明らかにするという歴史的業績を挙げられました.

Ca2+制御は必ずしもすぐに広く受け⼊れられたわけではな く,「筋収縮という⽣命の根源に関わる機能が無機イオンなどによって制御されるはずがない」という当時の学 会のドグマをはねのけて成し遂げられた業績でもあります.このように⽇本が世界に誇る傑出した研究者に因 んで創成された賞を受賞することができたことは⾝に余る光栄です.

私は東北⼤学医学部を卒業後,直ちに江橋⾨下の遠藤實先⽣のもとで⼤学院⽣として研究を開始しました.⼼ 臓の機能制御に関⼼があり,横紋筋の収縮機構について基礎医学研究の研鑽を積みたいと考えていました.臨 床医学に進む道を排除していた訳ではありませんでしたが,遠藤研の学究的な雰囲気に触れて啓発され,基礎 医学の道を歩み続けることを決意しました.当時,遠藤研の主たる研究⼿法はスキンドファイバーという,⾻ 格筋線維の細胞膜を剥き去って細胞内⼩器官の機能解析を⾏う標本でした.同等の実験法を平滑筋細胞にも適 ⽤できるようになったのをきっかけとして,平滑筋細胞での研究も開始しました.その後,⾻格筋と平滑筋を ⾏き来して, Ca2+制御機構に関する研究を進めました.

平滑筋における細胞内 Ca2+放出機構を研究していたころ,膵外分泌腺細胞でイノシトール三リン酸( IP3)に よる Ca2+放出機構が Berridge らにより発⾒されました.同様の機構が平滑筋にも存在するか確認実験を⾏っ たところ, IP3 濃度をいくら上げても Ca2+放出作⽤は認められませんでした.平滑筋にはこの機構が存在し ないと結論しかけたとき, IP3 と同時に微量の Ca2+を加えると著明な Ca2+放出が⾒られることを偶然発⾒し ました.これは, IP3 による Ca2+放出機構に Ca2+依存性があり,よって Ca2+放出による Ca2+濃度上昇が さらに Ca2+放出を促進する「⾃⼰再⽣産的」な性質があることを⽰していました.その後の研究でこの性質が Ca2+ウェーブやオシレーションなどの細胞内 Ca2+動態形成の基本機構であることが明らかになり,教科書にも 記載されるようになりました.

Ca2+放出に⾃⼰再⽣産的な性質があるため,アゴニスト刺激に対して単離した平滑筋細胞は「全か無」の Ca2+ 応答をすることを⾒いだしました.この発⾒に基づき,平滑筋組織レベルではアゴニスト濃度に対して漸増的 な反応でも,個々の細胞は全か無の反応をしているという仮説を提唱したところ,実際に⾒ていないのにあり そうもないことを⾔うべきでないと,学会から強い反発を受けました.これに発奮して,⾎管組織で交感神経 刺激に対する⾎管平滑筋の Ca2+イメージングを⾏ったところ,提案した仮説が正しかったことが証明されまし た.このことを通して,イメージング法の解析⼒の⾼さを実感することになりました.

私が Ca2+機構研究を開始した頃, Ca2+により制御される細胞機能は筋収縮や開⼝放出や糖代謝酵素活性など ごく限られたものでしたが,その後急速に Ca2+が関与する細胞機能の種類が増加し,現在では記憶・学習や免 疫応答,受精から細胞死まで,実に多様な細胞機能が Ca2+により制御されていることがわかってきました.し かし,まだすべてが明らかになったわけではなく, Ca2+が制御する未知機能が多数残されていると考えていま す.そのような未知機能を,特に脳において解明したいと考えて研究を進めてきました.その際,独⾃性の⾼ い研究成果をめざし,イメージング法を開発・応⽤して解析⼒を⾼めることを⼼がけてきました.その結果, 様々な脳機能を明らかにすることができました.後シナプスの代謝型グルタミン酸受容体を介する Ca2+シグナ ルは,シナプス機能を維持する機構に関与していることが明らかになりました.また,中枢神経細胞で⼀酸化 窒素(NO)がリアノジン受容体を活性化して Ca2+放出を⾏うという機構を明らかにしました.これは,虚⾎ などに伴う NO による神経細胞死との関連が推測されています.また,アストロサイトの Ca2+シグナルが, 脳傷害に伴う活性化アストログリオーシスに関連していることも分かってきました.

以上の成果は,多くの研究者との共同作業で得られたものであり,この場を借りて感謝の意を表したいと思い ます.私たちの研究は,細胞のスイッチとしての Ca2+の機能に関し,その地平を拡⼤し,メカニズムを明らか にするという極めて基礎的なものです.しかし,その成果は新たな治療標的の同定につながると期待できま す.研究成果が基礎的であるほど,臨床との関連は必ずあるという信念のもと,さらに研究に精進したいと考 えています.

(Masamitsu Iino)

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