貝淵 弘三 教授(名古屋大学大学院医学系研究科 神経情報薬理学講座)
細胞の収縮,遊走と極性を制御するメカニズム
受賞講演:2015年3月 第88回年会
⾙淵 弘三
名古屋⼤学⼤学院医学系研究科神経情報薬理学講座

この度第8 回の江橋節郎賞を受賞し⼤変光栄に存じます.最初に,私と江橋先⽣のご縁について少しご紹介し たいと思います.私は1980 年に神⼾⼤学医学部を卒業し,⻄塚泰美先⽣の⽣化学教室で⼤学院⽣活を送りまし た.⻄塚研究室ではC-キナーゼがジアシルグリセロールとカルシウムイオンによって活性化されることが明ら かになった頃でした.当然,カルシウムイオンの研究で名⾼い江橋先⽣のご業績はよく存じあげていました.
江橋先⽣のお名前をさらに強く印象づけたのは,1984 年に朝⽇新聞に掲載された柿内史郎先⽣への追悼記事で した.その真情溢れる⽂章を読み,江橋先⽣が学者として超⼀流であるだけでなく,⼈として素晴らしい⽅だ と理解できました.その後,江橋先⽣とゆっくりお話ができたのは,1999 年に私が名古屋⼤学医学部の薬理学 講座に赴任することが決まった直後でした.国際会議の会期中に突然呼び出され,「⾙淵さん.名⼤医学部には 薬理学講座が⼀つしかありません.是⾮⼊会して薬理学会に貢献してください」と⾔われたことを昨⽇のこと のように覚えています.そのような経緯で私は薬理学会に⼊会し,現在に⾄るまでお世話になっております.
私は1987 年にアメリカ留学から帰国し,神⼾⼤学の⾼井義美先⽣の研究室に助⼿としてお世話になりました.
その後,Ras やRho などの低分⼦量G タンパク質の研究を⼿がけました.⾼井研究室では,1992 年にRho が 平滑筋収縮のカルシウム感受性を増加させて,収縮を促進することを⾒出しました.しかしながら,その作⽤ 機序はしばらく謎のままでした.私は,1994 年に奈良先端科学技術⼤学院⼤学に教授として赴任しました.幸 い,1996 年にRho の標的タンパク質としてRho-キナーゼを⾒出しました.直後に,Rho-キナーゼがミオシン 脱リン酸化酵素のミオシン結合サブユニット(MYPT1)をリン酸化し,脱リン酸化酵素活性を抑制すること で,ミオシン軽鎖のリン酸化を促進し,平滑筋収縮を亢進させることを明らかにしました.このメカニズムは 平滑筋のみならず,線⾍から⼈まで多種多様な細胞の収縮性を制御しています.その後の私達や他の研究者の 解析で,Rho-キナーゼが脳⾎管攣縮,肺⾼⾎圧,喘息,緑内障,神経の軸索再⽣障害などの多くの病態に関与 していることが明らかになっています.Rho-キナーゼの阻害薬のファスジルが,くも膜下出⾎後の脳⾎管攣縮 の治療薬として既に使われており,最近,緑内障の治療薬として同様の阻害剤リパスジルが市場に出てきまし た.
その後,私達はRho-キナーゼの基質タンパク質の同定を進め,Adducin やEzrin/Radixin/Moesin をリン酸化し てアクチン細胞⾻格を,Par3 をリン酸化して細胞極性を,CRMP-2 をリン酸化して軸索の退縮を制御することを⾒出してきました.しかしながら,10 年ほど前からRho-キナーゼの基質を今までの⽅法で同定することに限 界を感じ始めました.これは,C-キナーゼの研究にも当てはまりますが,リン酸化酵素の機能を明らかにする には基質を同定しなければなりません.ヒトには518 種類のリン酸化酵素(うち90 種類はチロシンリン酸化酵 素)が存在すると⾔われています.近年の質量分析技術の進化はめざましく,約20 万のリン酸化部位が同定さ れています.約2 万種類のタンパク質が存在しますので,平均10 箇所の部位がリン酸化されていると考えられ ます.また,単純に計算すると1 種類のリン酸化酵素が約400 箇所をリン酸化することになります.殆どのリ ン酸化酵素の基質が網羅的に同定されておらず,そのため⼤多数のリン酸化酵素の⽣理機能はよくわかってい ません.そこで,私達は発想を変え,リン酸化酵素特異的な基質を同定する⽅法の開発に着⼿しました.
最近,ようやくその成果を幾つか発表することができました.ひとつは,リン酸化酵素と基質の直接結合を利 ⽤して基質とそのリン酸化部位を同定する⽅法で,kinase-interacting substrate screening(KISS)と命名してい ます.リン酸化酵素をビーズに固相化し,細胞抽出液と混合して酵素−基質複合体を⼀過性に⽣じさせ,ATP を加えリン酸化反応を起こしそのまま質量分析で基質とそのリン酸化部位を⼀気に同定するという⽅法です.
今⼀つは,in vivo でタンパク質のリン酸化を誘導した後に,14-3-3 などのリン酸化タンパク質結合タンパク質 を固相化したビーズでリン酸化タンパク質を濃縮して,シグナル関係のリン酸化基質とそのリン酸化部位を決 定する⽅法でkinase-oriented substrate screening(KIOSS)と命名しています.これらの⽅法は強⼒で,⼀度に ⽬的とするリン酸化酵素の基質が100 種類以上同定できます.現在,私達は脳科学研究戦略推進プログラム (Strategic Research Program for Brain Sciences:SRPBS)の⽀援を受けこれらの⽅法を駆使してドパミンなど のモノアミンの下流で,A-キナーゼやMAP-キナーゼによってリン酸化される基質を網羅的に同定し,データ ベース化しています(kinase-associated neural phospho signaling:KANPHOS).データベースは来春には⼀般 公開する予定です(https://srpbsg01.unit.oist.jp).ここで得られつつある基盤情報がパーキンソン病や統合失 調症,うつ病などの精神・神経疾患の病態解明と治療法の開発に役⽴つことを祈っています.
最後に,これまでの成果はすべて多くの共同研究者との共同作業で得られたものです.この場を借りて深く謝 意を表したいと思います.
(Kozo Kaibuchi)
