江橋節郎賞

第11回江橋節郎賞(2017年)

萩原 正敏 教授(京都大学大学院医学研究科)
先天性難病等の治療を可能とする創薬研究

受賞講演:2018年7月第18回国際薬理学・臨床薬理学会議(WCP2018)

第11 回江橋節郎賞を受賞して:難病治療薬創成への挑戦

萩原 正敏

京都⼤学⼤学院医学研究科形態形成機構学教室

この度,第11 回江橋節郎賞の栄誉を賜り,また第18 回国際薬理・臨床薬理学会においてその受賞講演をさせ て頂き,⼤変光栄に存じます.江橋節郎先⽣には,1986 年にカナダで開催された“Smooth Muscle Contraction Symposium”で初めてお⽬にかかり,ご指導を賜りました.その頃,私は⽇⾼研の⼤学院⽣として,ミオシン軽 鎖リン酸化酵素MLCK の阻害薬研究に従事していまして,MLCK 阻害薬でミオシン軽鎖のリン酸化を阻害する ことにより,⾎管平滑筋の収縮を抑制できるとの趣旨の講演を⾏ったと記憶しています.江橋先⽣は,⾃説と 異なる学説を唱える若輩の私に,学究の徒として公正かつ真摯な態度で接して下さり,講演後に温かい励まし の⾔葉さえかけて頂いたことは,⽣涯忘れ得ぬ思い出です.

⽇⾼研では,幸運にも,学部⽣の時に脳循環改善薬カラン(Vinpocetin),院⽣時代にくも膜下出⾎術後の脳⾎ 管攣縮抑制薬エリル(Fasudil)の開発に関わることができ,創薬の醍醐味を教えて頂きました.それゆえ,⽇ ⾼研で学位取得後は,遺伝病など難病の特効薬(MagicBullets)を⾃ら創成することを志しました.遺伝病を治 すには,遺伝⼦発現制御機構を解明する必要があると思い,⽶国サンディエゴのソーク研究所のMarc Montminy 研のポスドクとなり,転写調節因⼦CREB の研究に従事しました.名古屋⼤学医学部解剖学第3 講 座で職を得て帰国後は,転写調節機構の研究からRNA プロセシング制御機構の研究にシフトし,数年後,東京 医科⻭科⼤学の難治疾患研究所に異動して研究室を⽴ち上げ,RNA スプライシングを標的に本格的に遺伝病治 療薬の探索に取り組みました.

遺伝病は染⾊体や遺伝⼦の異常に起因し,これらのDNA 異常を薬剤で正常化することは現在のところ不可能 ですが,DNA から転写されるmRNA のスプライシングに影響を与える化合物で遺伝病を治せる可能性がある と思ったわけです.まず,選択的スプライシングを⾊の異なる蛍光タンパク質を使って,モデル⽣物である線 ⾍の⽣体内で可視化できる独⾃のレポーター技術を開発し,哺乳類細胞でも利⽤できるように改良しました.

この画期的なレポーター技術を創薬研究に応⽤して,東欧系のユダヤ⼈に多い遺伝病で,スプライシング異常 に起因する,家族性⾃律神経失調症の治療薬候補物質RECTAS を⾒出すことに成功しました.この化合物は家 族性⾃律神経失調症以外にも,ファブリー病などのライソゾーム病にも有効であることが判明し,⼤⼿製薬企 業との共同研究による実⽤化研究が始まっています.また私どもは,RNA 結合タンパク質のリン酸化を阻害す る化合物TG003 を添加することで,スプライシングパターンを変化させることが出来ることを⾒出していますが,筋⾁が衰える遺伝性の難病であるデュシェンネ型筋ジストロフィー患者の筋芽細胞にTG003 を投与するこ とによって,筋⾁の維持に必要なジストロフィンタンパク質の発現を回復させることができました.

低分⼦化合物による遺伝病の治療は,当初は夢物語のように思われたのか,製薬会社からは全く相⼿にされま せんでしたが,RNA スプライシングを標的とした核酸医薬ヌシネルセンが脊髄性筋委縮症の治療薬として上市 されたことにより,我々の化合物も急に内外の製薬会社から注⽬されるようになりました.核酸が特定の臓器 に集積してしまう,細胞内移⾏や安定性に問題がある,現状では合成コストが⾼価であることなど,核酸医薬 には克服しなければならない課題も多く残っていますので,低分⼦化合物でRNA スプライシングを制御出来れ ば,核酸医薬より優れた治療薬となると想定されています.私どもの⾒出した化合物は,嚢胞性線維症やQT 延⻑症候群,ポンぺ病などの糖原病に対しても効果が期待され,既に⼀部では有効性が確認されつつあり, AMED の⽀援などにより臨床試験の準備を進めています.胎児期に21 番染⾊体がトリソミーを起こすことで 種々の症状を呈するダウン症は,妊産婦の⽺⽔を⽤いた出⽣前診断が可能ですが,神経発⽣異常に起因するIQ 低下に対しては治療法がありません.私どもは神経幹細胞の増殖を促す化合物がダウン症マウスの神経発⽣異 常を是正できることを⾒出し,その化合物をアルジャーノン(Algernon)と名付けました.この化合物を,ダ ウン症マウスを妊娠している⺟親マウスに経⼝投与すると,⽣まれてくる仔マウスの脳構造は正常化し,バー ンズ迷路などの⾏動テストでも正常なマウスと同等の記憶能⼒を有することが確認されました.アルジャーノ ンはダウン症だけでなく,脳梗塞,脊髄損傷,アルツハイマー病,パーキンソン病など,多くの疾患に適応可 能と予想され,⽶国のベンチャー企業などとの実⽤化研究が進⾏中です.先天性疾患以外では,へルぺスウイ ルスやパピローマウイルス等のDNA ウイルスやレトロウイルスの,ウイルスRNA の転写が宿主細胞のCDK9 活性に依存していることに気づき,CDK9 の特異的阻害薬FIT039 が抗ウイルス作⽤を有することを⾒出しま した.FIT039 貼付薬のウイルス性疣贅に対する第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験が本学附属病院等において進⾏中で,パピ ローマに起因する⼦宮頸がんの前がん病変CIN を対象としたFIT039 膣錠の臨床試験も,今年度内にスタート する予定です.FIT039 はB 型肝炎ウイルスに対しても著名な増殖抑制効果を⽰すので,B 型肝炎治療薬として も開発研究を進めています.

創薬を志して35 年間,いろいろな紆余曲折はありましたが,共同研究者に恵まれ,江橋先⽣を始めとする多く の⽅々のご⽀援や激励のお蔭で,難病治療薬創成への挑戦を,挫けずに続けてくることが出来ました.この場 を借りまして御礼を申し上げるとともに,⼀つでも多くの難病治療薬を,⼀⼈でも多くの患者様に,⼀⽇でも 早く届けるべく精進を続けることを皆様にお約束して,筆をおきます.

(MasatoshiHagiwara)

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