西堀 正洋 教授(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科)
炎症病態をターゲットとしたトランスレーショナルリサーチと創薬
受賞講演:2021年3月第94回年会
日薬理誌 156,203(2021) ©日本薬理学会
西堀 正洋
岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 薬理学

この度,第14 回江橋節郎賞の栄誉に浴し,感激しております.私は今から41 年前に日本薬理学会に入会し,研究生活を スタートしました.その翌年の1981 年,江橋節郎先生は東京京王プラザホテルで開催された第8 回国際薬理学会議(東京) の会長を務められ,会議のサテライトシンポジウムでの発表が,私のまとまった最初の発表となりました.以来,江橋先生 はまさに雲の上の存在でした.江橋先生の記憶は,奥様からいただいた遺稿集「言の葉集」を読むたびに,そのお声ととも に蘇ってきます.江橋先生の偉大なご業績とお人柄を顕彰する賞を頂けたことは,私にとってこの上なく名誉なことと感じ ています.
今回,賞の研究対象領域が「トランスレーション研究・応用」とされました.私は教授就任後,研究目標を困難でも「創 薬」に置いてやってきました.それは,少し大袈裟な言い方になりますが,ゲノムプロジェクトが終了を見た時代に,薬理 学研究者のアイデンティティを改めて考えるようになったことが大きかったと思います.大変幅広い範囲をカバーする薬理 学研究の中で,創薬シーズの発見,標的バリデーション,薬物スクリーニング,原薬選定,臨床応用とつながる一連のトラ ンスレーショナルリサーチは,医学における病態生理学のバックグラウンドを活かせる魅力に溢れるアプローチと考えたか らです.
私の研究スタートは,生体アミンの一つであるヒスタミンの研究から始まりました.学位研究は,当時明らかになりつつ あった中枢ヒスタミン神経におけるヒスタミンの動態を神経化学的に測定した内容でした.当時,ヒスタミン神経や肥満細 胞とは全く異なる動態をとる,合成酵素の誘導現象によって産生されるヒスタミンの存在が,知られるようになっていまし た.私は誘導性ヒスタミンの役割解析に興味を惹かれ,東北大学,渡邉建彦教授(ヒスタミン合成酵素遺伝子欠損マウス), 九州大学の渡辺武教授(H2 受容体遺伝子欠損マウス)らのご協力のもと,致死性劇症肝炎をモデルとして自然免疫系の制御 における誘導性ヒスタミンの役割について明らかにすることができました.この経験から,ある種の炎症反応の制御は,個 体の生死を分ける場合があることに気がつきました.以後,未解決の炎症病態についての理解を深め,創薬ターゲットを探 索し,トランスレーショナル研究に向かおうと考えるようになりました.教室スタッフで議論を重ねる中で,細胞外のシグ ナル分子に注目することと,抗体を利用するバリデーションの方向性を決めました.標的として考えたのは,HMGB1,S100 タンパク質ファミリー,酸化ストレスによる翻訳後修飾構造等で,それぞれ単クローン抗体作りを進めました.
上記の標的の内,high mobility group box-1(HMGB1)は細胞核内に局在し,クロマチンDNA 結合タンパク質として見出 されていた因子でしたが,1990 年代に,神経突起伸展活性やエンドトキシン血症のメディエーターとしての機能が報告さ れ,それ以後細胞外信号分子としての機能が注目されることとなりました.HMGB1 は,核内機能,細胞外への放出動態や 物質特性が既知の細胞外信号分子,例えば神経伝達物質,ホルモンやサイトカインと大きく異なっており,そのことが逆に大きな魅力と感じられました.HMGB1 のアミノ酸配列は,哺乳類間では99%保存されており,よい抗体を得にくいと いうことがありましたが,何とか3 クローンを得ました.
脳虚血,脳出血や脳外傷後の2 次障害には炎症反応プロ セスが深く関与すると考え,これらの動物モデルにおける 抗HMGB1 抗体の投与効果の解析に先ず取り組みました.
その結果,いずれの脳障害モデルにおいてもミクログリア の活性化やサイトカイン産生に先行して,神経細胞核から 細胞外へのHMGB1 放出が,非常に早い時間経過で進行し ており,血液-脳関門(BBB)の形態的ならびに機能的な破 綻を伴っていることがわかってきました.抗HMGB1 抗体 の静注投与は,BBB の破綻を非常に強く抑制し,ミクログ リアやアストログリアの反応も顕著に抑えました.その結 果,劇的に神経細胞保護に働くことを明らかにできました.
さらに適応疾患の範囲をてんかんモデルや神経因性疼痛, パーキンソン病に広げる中で,抗HMGB1 抗体の作用機序 として,BBB の保護作用が非常に重要であることを,in vitro とin vivo の解析で明らかにしました.治療抗体の脳内局在を解析し,大部分が血管内皮細胞とその外側に位置する周皮細胞 に集中して局在することがわかりました.この知見から,「ある種の血管内皮細胞への抗体送達」を発想し,現在腫瘍血管へ の特異的送達現象を解析し,抗HMGB1 修飾抗体をがん治療に応用することを検討しています.
DAMP としてのHMGB1 は,種々の細胞外因子と複合体を形成する可能性があると考え,タンパク質結合アレイを用い て,網羅的な検索を行いました.その結果,HMGB1 の受容体の一つであるRAGE の他に,血漿タンパク質のhistidine-rich glycoprotein(HRG)が同定されました.HRG は,研究室内で色素あるいは金属アフィニティクロマトですでに精製してい た因子でしたが,その機能は不明な点の多い血漿タンパク質でした.我々は,HRG の細胞活性を詳しく調べました.その結 果,HRG は好中球・NK 細胞・赤血球・血管内皮細胞を制御し,これらの細胞群の恒常性を維持する非常に重要な因子であ り,その血漿レベルの低下による機能の消失が,敗血症病態の進行に密接に関係していることを明らかにしました.また, HRG には,HMGB1 動員を抑制する作用があり,HRG の受容体の一つがレクチンファミリーに属するCLEC1A であると同 定しました.さらに,HRG にはHMGB1 作用に拮抗する場面があることも明らかにしました.敗血症治療におけるHRG 補 充製剤開発と敗血症の重症度把握のための血漿HRG 測定法の開発研究を現在企業と共同で実施しています.
これまで,海外からの留学生を含め,多くの若い研究者の協力のもとに研究を続けることができました.また国内外の共 同研究を通じて,多くの教えを受けることができました.これら皆さんに感謝し,お礼の言葉といたします.
(Masahiro Nishibori)
