今井 由美子 プロジェクトリーダー(医薬基盤・健康・栄養研究所), 特任教授(大阪大学蛋白質研究所)
ウイルスに対する宿主生命システムの動作原理の解明と新規治療基盤の確立
受賞講演:2023年3月第147回関東部会
日薬理誌 158,423(2023) ©日本薬理学会
今井 由美子
国立医薬基盤健康栄養研究所 ヘルス・メディカル微生物研究センター 感染メディカル情報研究室
大阪大学蛋白質研究所 感染システム研究室

この度,第16 回江橋節郎賞を受賞し,推薦,選考の労をお取りくださった先生方に感謝申し上げます.また,このよう な栄誉ある賞を頂戴し,これまでのご高名な受賞者の先生方の末席に加えていただき,身の引き締まる思いでございます.
この四半世紀,コロナウイルス(SARS-CoV,MERS-CoV,SARS-CoV2)やインフルエンザウイルス(2009H1N1)によ るパンデミックが次々と発生しました.特にSARS-CoV2 による新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は未だ完全な終息 に至っていません.生体がウイルス感染ストレスに暴露されると,長い時間経過で多数の臓器にまたがって多彩な病態が形 成されます.そこには,ウイルス側の因子と生体(ヒト宿主)側の因子(ヒトゲノムで規定される遺伝的要因と後天的エピ ゲノム修飾を含む非遺伝的要因),さらにはパンデミック時の行動制限による生活スタイルの変容等の社会的因子が関わっ ています.例えば,COVID-19 では,急性期には,ウイルス増殖,自然免疫(急性炎症),獲得免疫(抗体産生)等の時相や 振れ幅の違いによって,無症状・軽症から重症(人工呼吸),超重症(ECMO)にいたるまで個人個人で異なる病態が形成さ れますが,そこには個人の免疫ランドスケープの多様性が関わっていると思われます.また慢性期には,味覚障害,嗅覚障 害,呼吸器症状,神経症状(うつ,認知障害,睡眠障害)をはじめ200 以上に及ぶ様々な後遺症(Long COVID)が発生し ます.私は,ウイルス感染に対する宿主生命システムの動作原理を解明し,新規治療基盤の確立を目指した研究を行ってき ました.
これまでに,SARS-CoV の細胞膜受容体としてACE2 を同定し,ACE2 がSARS の重症化に関与していること(Nature 2005,Nat Med 2005),強毒型のH5N1 ウイルスによる重症病態の形成に自然免疫の過剰応答が関与していること(Cell 2008),リピドミクス解析を通して同定した新規の脂肪酸代謝物がRNA 制御を介して重症化を抑制していること(Cell 2013),ウイルス感染における神経系と免疫系のクロストーク(Nat Microbiol 2018),ウイルス感染によるクロマチンの高次 構造変化と病態の関係を明らかにしてきました(iScience 2022).さらに,ACE2 活性を有する微生物由来の化合物が COVID-19 の重症化を抑制することを明らかにしてきました(Nat Commun 2022).
COVID-19 発生後は,データシェアリングが迅速なパンデミック対策,ワクチン・治療薬開発の鍵を握ると考え, COVID-19 患者の診療情報ならびに検体情報を格納したクラウド型データベースを構築し,企業やアカデミアにデータを提 供しました(2021 年度SIP AI ホスピタル事業).また,これらの医療ビッグデータを用いてCOVID-19 の急性期の重症化を 予測するAI モデルを構築しました(J Mech Vent 2023).また,コロナ患者12 万人分の電子カルテ情報を使って後遺症につ いて調査し,特に65 歳以上の高齢者ではコロナ後に要介護レベル4/5 を要する(いわゆる寝たきり状態)になる患者の比率 が高くなることを報告しました(JMA J 2023).次いで,独自に樹立した後遺症マウスモデルによる基礎的解析を通して,後遺症(うつ,認知障害,フレイル等)には急性期から慢性期まで一気通貫した,脳,肺,筋を含む多臓器連関が存在 することを見出しました.
また,医療現場ではCOVID-19 をはじめとして刻々と変 化する感染状況に対応して病態を予測できる機械学習シス テムの必要性が高まっています.このような医療現場のサ ステイナブルなニーズに対応するために,「データ投入,AI モデルの実装/最適化,適用,運用」のサイクルを実装す る医療機械学習オペレーションシステム(Medical Machine Learning Operation system:MLOps)の構築を行いました (内閣官房/三菱総研AI シミュレーションプロジェクト).
現在,Long COVID の神経症状として,うつ,認知機能障 害に焦点を当てて,国内で大規模調査を行い,発症のリス クファクターを炙り出すとともに,発症を予測する機械学 習モデルの作成,さらに,我々の開発したLong COVID 関 連モデルを使って,病態形成のメカニズムを解明していま す.これらの研究は,ウイルスに対する個々の宿主生命シ ステムの応答機構に関する理解を通して,短期(重症化)および長期(後遺症等)の病態を改善する新規治療法,特に個人 の最適な感染症精密医療の確立につながるものです.
本賞の対象となった研究は,国内や留学先の多数の指導者や共同研究者の方々,大勢の研究室のメンバーと行ったもので す.この場をかりて心より感謝申し上げます.
(Yumiko Imai)
