特 集 アルツハイマー病の診断・治療の基礎理論と臨床の現状
◆アルツハイマー病の基礎科学の最近の進歩とこれに基づく治療・予防法開発の新しい考え方、早期臨床診断を目指した新しい手法、さらには治療の臨床上の問題点など、第80回日本薬理学会年会シンポジウムの講演をもとに本号に特集した。(下濱 俊「アルツハイマー病の診断・治療の基礎理論と臨床の現状―解決すべき問題は何か―」序文 p.319)
◆脳内プロテアーゼの活性制御によるアルツハイマー病の治療戦略
アルツハイマー病(AD)ではアミロイドβペプチド(Aβ)の凝集・蓄積が発症の引き金となる。Aβは前駆体タンパク質よりβおよびγセクレターゼによる二段階切断によって産生し、分解過程にはネプリライシンが主要な役割を果たす。一方、Ca2+依存性のシステインプロテアーゼ・カルパインの活性化が脳内Aβの蓄積およびタウのリン酸化を促進することが分かってきた。本節では、これらのプロテアーゼを標的としたADの治療戦略について解説する.(岩田修永 p.320)
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アミロイドβタンパクの神経毒性機構
細胞外および細胞内Aβによる神経毒性機構を、最近の文献を交えて総説している。そしてAβの新たな標的分子であるホスファチジルイノシトール-4-キナーゼ(PI4K)阻害/クロライドポンプ阻害/細胞内塩素イオン濃度上昇を介した神経細胞傷害機構を紹介し、アルツハイマー病治療薬としてのAβ標的拮抗薬開発の可能性を考察する.
(服部尚樹 p.326)
◆アミロイド斑の生体イメージング
アルツハイマー病では、神経細胞の脱落に先立って、アミロイドβタンパクを主要構成成分とする老人斑の脳内沈着がみられる。このような病理像を生体で非侵襲的に検出し得る検査は、理想的な早期診断法になると同時に、抗アミロイド療法の薬効評価系としても活用できる。そこで本稿では、アミロイドβタンパクの脳内蓄積を非侵襲的に計測するアミロイドイメージングについて概説する.
(岡村信行 p.333)
◆コリン仮説とアミロイド仮説によるアルツハイマー病治療薬開発
日本発の世界的な新薬である塩酸ドネペジルは世界で最も使われている治療薬である。その治療コンセプトはコリン仮説に基づいて開発に成功した。最近コリン仮説が見直されている。また原因療法にせまる新しい創薬アプローチとしてアミロイド仮説に基づく方法が世界的な広がりをもって研究されている。近い将来これらの方法が成功することによって世界の患者さんのQOLが大きく改善されることが期待される.(杉本八郎 p.338)
◆神経変性疾患における神経新生を目的とした創薬
成体脳でも神経細胞は新生するという新しい発見はアルツハイマー病、パーキンソン病、脳虚血などの神経変性疾患において神経再生治療という可能性を示した。バナジウム化合物はチロシンホスファターゼの強力な阻害薬であり、インスリンや細胞増殖因子のチロシンキナーゼ受容体を活性化して、細胞分化・生存シグナルを活性化する。本研究ではバナジウム化合物の全身投与が海馬と脳室下帯で神経新生を促進することを明らかにし、神経変性疾患の新しい治療薬となる可能性を紹介する.(福永浩司 p.341)
◆アルツハイマー病の臨床
認知症をめぐる様々な課題は現在のわが国ではきわめて身近な問題となっている。認知症の医療・ケアの課題は種々あげることができるが、早期発見・診断・治療が最大の課題である。認知症者の自己決定と尊厳を支える上ではその意義はきわめて大きい。認知症の原因のなかで最も多いアルツハイマー病に関しては現在、抗認知症薬による治療が可能である。そのための地域医療のシステムおよび今後の方向性を示した。(本間 昭 p.347)
◆アルツハイマー病の治療
アルツハイマー病(AD)の認知機能障害に対して使用できる治療薬としてアセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害薬とNMDA受容体阻害薬がある。また、アミロイドβタンパク(Aβ)に関する研究からAβの産生・代謝に関与する酵素阻害薬や免疫療法などが開発されつつある。AD治療の現状と行動および心理症状(BPSD)に対する薬物療法やAD薬剤の効果判定法など、今後解決すべき諸問題について概観する.(下濱 俊 p.351)
受賞講演総説
◆受容体作動性Ca2+流入機構の分子メカニズム
Gqタンパク共役型受容体の活性化に伴う細胞内Ca2+濃度の上昇機構について、特にα1Aアドレナリン受容体に着目し、この受容体の相互作用分子であるSnapinとTRPC6チャネルが関与する新しい受容体作動性Ca2+流入の分子メカニズムについて概説する.(鈴木史子 p.357)
◆皮膚における痒みの発生メカニズム
アトピー性皮膚炎などの慢性掻痒性皮膚疾患の痒みは,H1ヒスタミン受容体拮抗薬では抑制されない場合が多い.このことは,従来痒みの主要なメカニズムと考えられてきたマスト細胞―ヒスタミン系以外の痒みの発生経路の存在を示唆する.最近の研究成果を基に表皮ケラチノサイトを介した新たな痒みの発生メカニズムについて紹介する.(安東嗣修 p.361)
実験技術
◆ニューロメーターを用いた新しい知覚線維選択的侵害受容評価法
知覚神経は、無髄C線維、有髄Aβ線維、 有髄Aβ線維から成る線維束であり、それぞれについて線維特異的な評価を行うことは重要な研究アプローチである。著者等は、近年、ニューロメーター電気刺激装置により、各種線維応答を評価することのできる新たな行動解析法を確立した。本稿では、この解析法の実験技術と、それにより得られる線維応答の薬理学的特性について併せて紹介する.(植田弘師 p.367)
創薬シリーズ(3)その3 化合物を医薬品にするために必要な安全性試験④
◆消化管毒性
消化管は消化器の口腔から肛門に至る生体最大の表面積を有する管状構造の器官である。医薬品開発上の安全性試験で認められる消化管の毒性について、まず、消化管の構造と生理機能の概要を説明する。その後、嘔吐や下痢などの症状として発現する毒性所見について解説するとともに、多種多様に引き起こされる消化管の組織学的な毒性変化に関してその毒性発現機序を含め紹介する.(大石裕司 p.373)
新薬紹介総説
◆新規過活動膀胱治療薬イミダフェナシン
イミダフェナシン(ウリトスR錠、ステーブラR錠)は、過活動膀胱を適応症として2007年6月に国内で上市された新規抗ムスカリン薬である。ムスカリン受容体サブタイプ選択性に特徴があり、M2受容体と比較してM3受容体およびM1受容体を選択的に阻害し、膀胱選択性を有することが示された。臨床試験の結果より、過活動膀胱患者の治療に対して有効であることのみならず、その高い安全性により長期間の服用が可能な薬剤であると考えられた.(宇野隆司 p.379)
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