特集:アルツハイマー病治療薬の研究戦略
アルツハイマー病(AD)の発症原因に関する知見が蓄積し、薬物による根本治療は現実のものとなりつつある。製薬会社におけるAD治療薬創製の観点から、AD動物モデル・期待される創薬アプローチ・今後の創薬研究の方向性について概観する。(松岡信也「アルツハイマー病治療薬の研究戦略」序文 p.5)
◆アルツハイマー病動物モデルの特性
現在までに、ADの完全な動物モデルは確立されていないが、既存モデル以上にADの病理や行動異常を反映したモデルを作製し、それらを前臨床評価に採り入れることによって、AD治療薬研究やAD研究そのものが大きく進展し、より効果的な治療法の開発の実現に寄与するだろう.
(高橋秀樹 アルツハイマー病動物モデルの特性 p.6)
◆新規神経栄養因子様低分子化合物T-817MAの薬効薬理
T-817MAは,神経栄養因子様作用を有する低分子化合物であり,AD治療薬として,臨床試験が進められている.神経細胞保護作用や神経突起伸展の抑制作用などの効果があり,ADの病態モデル動物にみられる認知機能の低下を抑制する.また,神経ネットワークの再構築による症状改善効果も示唆されており,T-817MAは臨床においてもADの進行を抑制し,認知機能を改善する効果が期待される.
(福島哲郎 新規神経栄養因子様低分子化合物T-817MAの薬効薬理 p.11)
◆アミロイド抑制薬の研究開発状況
ADの発症機序は未解明であるが,代表的なアミロイド仮説に基づいて,約20年間にわたり様々な研究が行われてきた.これまでに3化合物がフェーズIII試験に進み,アミロイド仮説はヒトでの検証段階に入っている.本稿では,低分子アミロイド抑制薬の研究開発状況を紹介する.
(志鷹 義嗣 アルツハイマー病治療薬としてのアミロイド抑制薬の研究開発状況 p.15)
◆アルツハイマー病免疫療法の研究開発状況
本稿では、ADの治療戦略としてのAD免疫療法の経緯と現在の研究開発状況について紹介し、更にAβプロトフィブリルに対する抗体について紹介したい。現在開発の進んでいる抗Aβ抗体はAβの一次構造をエピトープとするものであるが、我々の指向している抗体はAβモノマーに比べAβプロトフィブリルに選択性が高く新たなAD免疫療法と考えられる.
(荒木 伸 アルツハイマー病免疫療法の研究開発状況とBAN2401の薬効薬理 p.21)
総説
◆アンジオポエチン-1による血管安定化メカニズム
アンジオポエチン-1は、血管内皮細胞に発現するTie2受容体を介して、血管安定化と血管新生の相反する機構を制御している。本総説では、Ang1-Tie2シグナルが、これら相反する機能を制御する機構について解説し、さらにAng1-Tie2シグナルの血管安定化機構に焦点を当て、その分子メカニズムについて概説する。
(福原茂朋 アンジオポエチン-1による血管安定化メカニズム p.26)
◆海馬神経回路におけるニコチンの作用
喫煙やニコチンパッチによって体内に取り込まれたニコチンは,様々な作用を我々の身体にもたらす.中枢神経系に対しての効果も多様で,多くの研究成果が報告されているものの,まだ不明な部分が多い.本稿では,記憶・学習の成立や薬物依存の成立にも関係する海馬に注目し,ニコチンの神経回路への作用を解説する.(山崎良彦 海馬の神経回路におけるニコチンの作用 p.31)
実験技術
◆相対効果を設定したロジスティックモデルによる部分作用薬の評価
薬物の最大効果が実験系の最大効果に達しない部分作用薬では,薬物の最大反応の程度を示す相対効果の情報も重要である.本研究では,個体間変動が見られるサイトカイン産生抑制試験を想定し,4パラメータロジスティックモデルを拡張して,相対効果を設定したロジスティックモデルを提案した.シミュレーション実験および実データへの適用の結果,既存法である二段階法と同様に適用可能であることが示された.
(山田雅之 相対効果を設定したロジスティックモデルによる部分作用薬の評価 p.36)
創薬シリーズ(5)トランスレーショナルリサーチ③④
◆医薬品開発受託研究機関のトランスレーショナルリサーチ事業
医薬品開発受託研究機関である新日本科学は、トランスレーショナルリサーチ(TR)をビジネスの視点から捉え、大学などの研究機関やバイオベンチャーが保有する有望なシーズをインキュベートして,付加価値を高めて事業化へつなげることを目指している.本稿では、創薬を取巻く環境,TR事業の基本構想,ならびに具体的な取組み事例を紹介する.
(永田良一 医薬品開発受託研究機関(CRO)のトランスレーショナルリサーチ事業 p.42)
◆トキシコゲノミクスプロジェクトと安全性試験
いかに画期的な新薬候補であっても,安全性が担保されなければ薬になり得ないが,創薬過程において安全性試験の部分は新しいテクノロジーから取り残されていた.近年安全性研究にパラダイムシフトをもたらしたのがトキシコゲノミクステクノロジーであり,現在も継続中である官民共同プロジェクトの内容を概説する.
(漆谷徹郎 トキシコゲノミクスプロジェクトと安全性試験 p.46)
新薬紹介総説
◆メラトニン受容体作動薬ラメルテオン
ラメルテオンはメラトニンMT1/MT2受容体選択的作動薬であり、非臨床試験ではサルおよびネコの睡眠評価系において、強力な睡眠誘発作用を示した。入眠障害を特徴とする睡眠障害患者における臨床試験において、入眠潜時を短縮するとともに総睡眠時間を延長した。記憶障害や運動障害などの副作用も極めて少なく、反復投与における耐性形成や反跳性不眠も認められなかった。ラメルテオンは新規作用機序を有する副作用が少ない不眠症治療薬として期待される.
(平井圭介 メラトニン受容体作動薬ラメルテオン(ロゼレムR
錠8 mg)の薬理作用と臨床試験成績 p.51)
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