コレスポンデンス
細胞内Ca測定法の有用性と問題点
-エクオリンとindo‐1シグナル-
山形大・医・薬理 遠藤政夫
mendou@med.id.yamagata‐u.ac.jp
心筋・平滑筋・骨格筋細胞の収縮は細胞膜の興奮に始まる一連の細胞内シグナル伝達過程により達成される.これらの過程はE‐Cカップリングと呼ばれるが,その中心的な役割を担っているのが細胞内カルシウムイオン濃度([Ca]i)変化である(1).したがって細胞機能調節におけるCaの役割の解明は筋細胞生理学の中心的なテーマであり,生きている細胞の[Ca]iを機能変化と同時に測定することは研究者の長い間の夢であった.1978年に発光クラゲから抽出したエクオリン(aequorin)を細胞内に注入することにより心筋収縮と同時に[Ca]iを測定することが初めて示されたときには研究者の間に大きなセンセーションを巻き起こした(2).その後20年間の生筋における[Ca]i測定法の進歩はめざましく現在ではfura‐2,indo‐1,fluo‐3をはじめとするCa感受性蛍光色素の開発により生筋における[Ca]i測定は日常的に行われるようになった.
これらの方法の適用により収縮機能の調節は少なくとも2つのステップ,すなわち細胞内Ca動員および機能タンパク質Ca感受性の修飾によって達成されることが明らかにされた.しかし機序の解明を急ぐあまりこれらの新しい実験方法に内在する問題点を無視して早急に結論に飛びついてしまうという傾向がしばしば見られる.誤った結論に導かれないためにはこのような危険性が常に存在していることを自戒しつつ実験データを解析する必要がある.
実験がうまくいったときの心筋標本から得られるエクオリンシグナルはうっとりするくらい美しく見ているだけで感動を覚える.しかしそのシグナルは我々が本当に見たいものとは別のものである.心筋収縮はトロポニンCへのCa結合によってトリガーされるので,結合部位におけるCa濃度変化が機能に直結している.しかし我々が見ているのは細胞質内Ca濃度変化である.最近共焦点レーザー顕微鏡を用いてCaスパーク(心筋細胞ではCICRによる最小Ca遊離単位からのCa遊離)の測定が可能になった.トロポニンC結合部位のCa濃度測定も可能なはずだが,現在のところ[Ca]i変化で分析が行われている.収縮張力が最大に達したときには[Ca]iトランジェント(CaT)はすでに弛緩レベルの近くに下降しており収縮機能とCaTは完全に解離している.Ca指示薬はトロポニンCに結合していない,すなわち収縮機能に寄与していないCaイオンを結合して発光する.
CaTと収縮は時間的・空間的に複雑な関係にあり,その分析には多くの因子が関与するのでどのような分析法がベストであるのかは決められない(3).心筋細胞単収縮中の[Ca]i‐収縮(Ca‐F)関係は平衡状態に達していないので,CaTの持続時間(duration)が変化するとCa‐F関係は影響を受ける.平衡状態におけるCa感受性変化はリアノジンやタプシガルジンをもちいてSR機能を廃絶した状態でテタヌス刺激の適用により得られる.しかし心筋細胞は骨格筋細胞と異なりテタヌスによる標本の機能低下が実験経過中に起こりやすい.
トロポニンC結合部位の遊離Ca濃度は[Ca]iと平衡状態にあるという仮定のもとにCaTと収縮の関係が解析されている.しかしことに病態生理学的な条件下ではこの前提条件が崩れることも十分考えられる.しかもエクオリン標本は多細胞標本なのでエクオリン発光を出している細胞と機能している細胞の解離が起こる可能性もある.収縮測定に関してはエクオリン標本では至適細胞長(Lmax)で収縮性を測定することが可能である.一方indo‐1やfura‐2を負荷した単離心筋細胞は収縮機能とCaTの変化を同一細胞で測定しうるという点で優れているが,収縮機能は全く引き延ばされていない筋長(slack
length)で測定しなければならずエクオリン法よりも劣る.また心筋細胞では収縮によって[Ca]iはダイナミックに撹拌されていると思われるが,平滑筋細胞では[Ca]iはコンパートメント化されておりエクオリンとfura‐PE3は異なったコンパートメントのCa濃度変化を検出するという実験結果が得られている(4).
現在実験に使用されている[Ca]i指示薬はCa濃度変化に高い選択性を示すが,細胞内pHやMgイオン濃度変化,実験温度変化,細胞内環境の変化などにより発光あるいは蛍光強度とCa濃度との関係は偏位する(3).ことに病態生理学的条件下においてはこれらの点を十分に考慮しなければならない.これらの各方法に特有の欠点を回避しつつ生筋のE‐CカップリングにおけるCaの調節的意義を確立し,その異常で起こる病態による修飾を解明し,さらには新しい治療法の開発に結びつけて行くことが循環薬理学における研究の重要な努力目標の一つである.
【文献】 (1) Ebashi S and
Endo M: Prog Biophys Mol Biol 18, 123-183 (1968); (2) Allen
DG and Blinks JR: Nature 273, 509-513 (1978); (3) Blinks
JR et al: Prog Biophys Mol Biol 40,1-114 (1982); (4) Abe
F et al: Br J Pharmacol 116, 3000-30004 (1995)
これは日薬理誌115巻6号より転載したものです。
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