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コレスポンデンス

医学教育コア・カリキュラム案と医系薬理学教育について

神戸大学大学院医学系研究科 ゲノム科学講座 分子薬理・薬理ゲノム学分野(4月1日より変更)

久野高義
e‐mail: tkuno@kobe‐u.ac.jp  

 本本誌3月号に掲載された「医学教育コア・カリキュラム案と医系薬理学教育に対する私見」と題された千葉大学の中谷先生の原稿を受けて,コレスポンデンス欄で発言して欲しいとの編集部からの依頼により執筆します.以下,本質的には中谷先生のご意見と同じだと思いますが,少しだけ表現型が異なります.

1.メーリングリスト(pharmacologist)* における私の発言  

「今回のコア・カリキュラム案は,医学部教育における薬理学のアイデンティティー・クライシスだと思います.私は,昨年11月17日に明治記念館で開かれたコア・カリキュラムの説明会に出席していました.薬理学会員の方も数名おられましたが,特に質問がありませんでした.というよりも,「ologyを排除する」と堂々と言われてしまったのでは,質問できる雰囲気ではありませんでした.

以前に,このメーリングリストで発言しましたが,対抗策としては,薬理学のGIO(一般目標)とSBO(行動目標)を確立し,薬理学を体系的に教育することの意義を明らかにすることが必要だと思います.内科の各論で薬のことを説明するだけでは,ほとんど存在価値がない様に感じます.今回のコア・カリキュラム案は,「カリキュラム」という名前はついていても,USMLE step1の日本版(ベッドサイドラーニング前の全国統一試験)を作るためのガイドラインですから,実際にどうカリキュラムを組んで教育するかは,別の問題でしょう.

我々は,チュートリアルを導入する際にかなり議論をし,薬理学は体系的に教えた方が,最終的に教育効果が良いという結論に達しました.たしか,アメリカでの調査でも,臨床教育はチュートリアルが効率が良く,基礎教育は体系的なものが良いという結果で,ハーバードも今は,そうしているとの事です.」という発言を11月28日にしましたが,この意見は今も変わっていません.

 

2.薬理学は学部教育から消失するのか?  

薬理学は,体系としての学問的役割を既に終えていると考えている人もいます.同様に,学部教育レベルでもコア・カリキュラムが導入されることで,薬理学という講義はなくなってしまうのでしょうか?私は,今のところ楽観的です.

コア・カリキュラムは,ベッドサイド教育に入る前の共用試験を導入するためのもので,アメリカのまったくのモノマネだからです.つまり,「アメリカでPharmacologyの体系的教育が残っている限りは大丈夫」ということで,少なくとも私の大学では何とか残せると思います.ハーバードをだしに使えば,大概の人は説得できます.下に書きましたが,チュートリアルに取りこまれて,カリキュラムから消えて無くなる事だけは,薬理学会の存続のために極力避けるべきだと思います.

3.薬理学会は早急に薬理学の体系的モデル・カリキュラムを確立すべきです

2では楽観的なことを書きましたが,このまま何もしないでいてはだめだと思います.日本では,正しい制度が必ずしも生き残るとは限りません.一部の大学では,文部科学省や厚生労働省に迎合して薬理学という講義科目をなくし,共用試験合格を目指した統合カリキュラム(例えばチュートリアル)を導入するところが出てくると思います.

これは,何も医学部に限らないと思います.薬理学会は,医系,薬系その他における薬理学の体系的教育のためのモデルカリキュラムを早急に作るべきです.しかも,体系的に教えることの必要性・優位性をしっかりと主張する必要があります.いくら今から反対しても,コア・カリキュラムを大きく変更させることはできないでしょう.対策としては,コア・カリキュラムはカリキュラムと言う名前はついていても,あくまで到達目標であり,ガイドラインであるというスタンスをとるしかないと思います.

これを怠れば,薬理学教室の若手教官の就職はますます厳しくなってしまい,薬理学会に加入する人がいなくなってしまうでしょう.ホント,これは薬理学会にとって死活問題であり,理事会はすぐに対応して欲しいと思います.

*:メーリングリスト(pharmacologist)は,1994年8月に辻本豪三先生(国立小児病院),村瀬澄夫先生(三重大学医療情報部,現信州大学教授)などの御協力を得て構築されました.その目的は,薬理学に関する最新情報,技術情報,海外情報のリアルタイム交信です.最近は,薬理学活性化の議論が話題となりました.詳細は,本誌108,31~35(1996)を参照して下さい.参加御希望の方は,pharma@doc.medic.mie‐u.ac.jpへご連絡下さい. (三重大・医・薬理 田中利男)

これは日薬理誌117巻4号より転載したものです。  

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