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コレスポンデンス

伝統的コア・カリキュラムとその先行実施
東北大学大学院・医・分子薬理 柳澤輝行
yanagswt@mail.cc.tohoku.ac.jp

 千葉大学の中谷先生に引き継いで,「薬理学教育の存在理由」を会員の皆さんとともに考えたいと思いこの文章を掲げる.進歩と時代の要請に合わせて医学教育の内容を厳選し何らかの選択制を実施する必要があることは十分に承知し,以前より基礎医学のコア・カリキュラム作成作業を知ってはいたが,『医学教育モデル・コア・カリキュラム』(昨年11月17日)の試案を見て多いに失望した.  

そこには,「これまでの医学教育カリキュラムにおいては,・・・,講座単位による縦割り,学問領域の閉鎖性に起因して,基礎医学や社会医学における臨床との有機的連携という観点が欠如していた.」,「自己学習すべき明確な指針もなく,問題発見・解決能力の育成とはほど遠い現状であった.」と出ている.これは薬理学教育の存在理由である基礎と臨床のつなぎ目に位置し,臨床薬理学という社会医学の面も合わせ持つ学際的領域への無知ではないか.また,試案は教育と訓練は別だという概念があまりにも徹底しすぎている.

中等教育で十分に時間をとって「精神で学ぶ」過程を経ていない若者に対して,訓練に走りがちな臨床の前に置かれている教養・基礎教育の意義,学生がどのような過程で成長して行くのかという視点がほとんど見られない.「コアとしてまとめあげるために‐ologyを排する」では,伝統的学問をもとに普遍的認識との意見の一致を目指して証明しようと常に専心する教育や研究などあり得ない.心ある教官は学生の成長に合わせてカリキュラムを編成し,日々の教育に工夫し心を砕き努めてきている.  

東北大学の例を出すのは気が引けるが,「各大学は授業形態の組み合わせを改善・工夫しながら教育目標達成に努力しなければならない」とあるので,全学(教養)教育改革を踏まえて紹介したい.学生の内的成長を視野に入れた有機的な教育という観点で,1・2年生には,アドバイザー制度により個々の学生(4名)に対して大学での勉学方法や生活態度に関する助言が2名の基礎・臨床教授から直接与えられる.1年生の全学教育の間に,人体の構造と機能,細胞生物学,行動医学,「第1次臨床修練」(医の倫理や心肺蘇生術導入のため臨床教官と泊まり込みの体験学習を含む)が組まれる.

2年生以降の専門教育の中で薬理学は,形態学,医化学,生理学等が終了した後,病理学とともに基礎と臨床医学とをつなぐものとして伝統的に位置付けられている.2年生3学期に総論,情報伝達,自律神経,中枢と循環の一部を講義し,3年生1学期には残りの部分の講義と実習を組み合わせて教育し,基礎医学の課程がほぼ終了する3年生秋に,テューター制「薬理学演習」をケーススタディ式で行っている.さらには,ベッドサイド教育直前の4年生は3学期の臨床薬理学で,具体的な薬物治療学を臨床系教官の有機的連携協力の下に横断的に学べる.  

「薬理学演習」では,学生が問題を自分で発見・提起し,それを自主的に解決していく訓練となることを期待して,夏休み前に学生(4‐5名/班)に対し薬物治療や副作用・中毒など問題提起となる英文の症例課題をテューター教官から与える.ホームページhttp://www.pharmacology.med.tohoku.ac.jpにも課題を掲げている.各班が課外時間を用いてテューターと相談して勉学・検討し,発表に向けてまとめあげる.

その過程で学生は,薬理学・生理学・形態学・遺伝学そして分子生物学等の普遍的な基礎科学や社会医学が診断・治療においていかに重要であるかを実感する.広範な医学知識に具体例という色づけがある点や,疑問を提起しあい共有し追究できるというグループ学習のメリットもある.問題点を明らかにする意味でも課題に関する試験問題をその解答・解説とともに学生が作成する.テューターの議長の下,各班が全クラスに対して自主学習の成果を発表し質疑討論する.

討論を活性化し記録を残すために質問班と記録班も設けている.  基礎医学の仕上げと医学教育の展開は,それぞれ3年生後半の「基礎医学修練」(13週間)と6年生前半の「高次医学修練」(16週間)によって行われる.基礎・社会医学系分野(後者には臨床系も含まれる)の課題から希望する分野を学生が選択しそのテーマを全日追求する.外国に武者修行に行く学生も多い.医学の知識や技術は,先達が生命の営みの驚きや患者の問題に直面しその対象に積極的に働きかけて一つ一つ直接得られたものである.

それに参画するという積極的行動の涵養を期待している.現在と未来の社会に対して,よき医師,優れた研究・教育者を育てる使命と責任を負っている医学部は生命科学・基礎研究の進歩に重要な位置を占め続ける義務がある.生命科学の進歩を積極的に受容し,かつこれに寄与してゆく研究心をもつ人材の養成を具体的なものとするために,明らかにその意志と能力がある学生に対して,「学部(4・5年生)から大学院博士課程への早期進学特例(MD‐PhDコース)」が平成13年度より設けられた.  

このように,学生の内的成長を視野に入れながら薬理学を教育・研究し,医学教育の有機的連携に意を注いでいるものがいることを知って欲しい.すでに我々は,伝統的コア,選択,そして展開とカリキュラムを組み改善・工夫してきたが,ファカルティ・デベロップメントなどの点で不十分な面も数多くある.会員皆さんの参考になれば幸いであり,ご批判をお願いしたい.

これは日薬理誌117巻4号より転載したものです。  

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