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コレスポンデンス

薬学における医学教育・医学における薬学教育

東北大学大学院薬学研究科医療薬学講座 同医学研究科病態制御学講座臨床薬学分野

今井 潤
imai@tinet‐i.ne.jp

 編集主任殿  コレスポンデンス欄でのディベートのテーマをとの依頼を受け一筆申し上げます.  

私は,東北大学大学院薬学研究科医療薬学講座臨床薬学分野を担当しておりますものです.1999年9月,東北大学大学院医学研究科病態制御学講座(旧第二内科)の助教授より,薬学科に転出いたしました.1年半に亘り,臨床内科医として薬学教育の一端を担って参りましたが,この間,様々な新しい経験をし,薬学における医学教育,また医学における薬学教育を考える機会を得ましたので,その間感じました幾つかの点を述べたいと存じます.  

私の薬理学との関わりは,内科初期研修終了後,東北大学医学部第二薬理学教室(平則夫教授)において循環薬理研究の指導を得たことに始まります.この間平教授以下多くの同門の先輩,同僚に接したことが,自らの研究の原点にあたることは疑いありません.その後内科に戻り,以降高血圧の研究に一貫して従事してまいりましたが,その間の研究の発想,手法は大きくこの薬理学教室時代に得たものに依存していたことは疑いありません.

後に,大迫研究という疫学研究に着目し,15年これを続けてまいりましたが,この疫学研究の発端さえ,薬理学教室での研究生活がもたらしたものと言って過言ではありません.何が言いたいのかというと,当たり前のことですが,early scientific exposureが私自身のその後の殆ど全てを決定してしまったということです.今更ながら教育の重要性を感じるわけです.

さて,臨床内科医としての28年間の後に薬学研究科に転出したものですが,実は,私の居室,研究室は附属病院の中にあり,実験室は薬学研究科にあります.と申しますのは,2000年4月より,私は医学研究科病態制御学講座臨床薬学分野を兼務し,医学研究科の大学院生達の教育も担当することになったからです.更に時を同じくして,東北大学附属病院臨床治験センターの副センター長に任命され,臨床治験の実務を担当することとなりました.

従って私の附属病院における研究室には薬学出身の修士課程,博士課程の大学院生と医学出身の博士課程の学生が,混在して研究生活を送っていることになります.更に特筆すべきことは,この臨床治験センターにベッドが与えられたことです.こうした研究体制は日本でこれまであったのでしょうか?かつて私が留学していたMelbourneのMonash大学内科学教室はPrince Henry病院という病院の中にあり,そこでは数人のMDと多数のPhD及びPhDコースの大学院生により研究が行われておりました.

そこには職域の垣根はなく,大変自然に人の交流が行われておりました.翻って日本の内科学教室においては,実学である医学を学んだ医師が,多くの場合「医学博士」の称号を得るために,多忙な診療の合間に試験管を振る生活を続けていた(る)わけです.私自身,メルボルンの大学で基礎的な動物実験を続けている時,同僚からお前はPhDかと問われ,MDだと答えたところ,目を丸くされたという経験をもっております.即ち彼らにとって,MDは診療をする人であり,基礎実験をする人ではないのです.

勿論私はこうした考えに賛同するものではありません.MDが基礎的実験を実際に行うことの意義は極めて大切です.さて翻って私の研究室の状況は,先に述べたように薬学畑出身と医学畑出身者が混じり合って研究を進めております.そこで感じるのは発想の差,受けてきた教育の差です.薬学畑の院生は,化学,物理化学,有機化学といった物質に関する基本的な概念や科学者としての手法をたたき込まれています.一方,医学畑の院生は疾病に関する知識をつめ込まれ,基礎科学の概念や手法は,医師になる課程で,忘却の彼方へと追いやられております.そうした二者が私の研究室で顔を合わせるのですから,互いに「未知との遭遇」ということになります.

ともに偉く偏差値の高い学生達の遭遇ですから,そこには互いの知識,技法の交換が瞬く間に行われることになります.薬学の院生は医学を,医学の院生は薬学(薬理)の知識と技法を吸収し合うという極めて合理的な教育が自ら行われることになります.私はもっぱら聞き役で,強いて言うなら「仲人」の役割でしょうか.さて薬学の学生は,医学知識に飢えを感じていることは間違いありません.私は薬学研究科において医学概論と薬物療法学の講義を担当いたしております.そこでは私自身の講義は最低限とし,多くの講義を医学研究科の専門家にお願いし,私もその講義を一緒に聴講しております.私が担当してから新たに導入された講義には「高齢者医学」,「痛みの医学」,「終末医療」,「外科における薬物療法」,「臨床治験」などがあります.  

逆に言うと,これまで,こうした医学的講義はなかったということになります.驚くべきことに各々の講義への学生の欠席者は1人か2人なのです.そして講義が終わると,自然に拍手が沸き起こるのですから,医学系の教官は感激します.そして講義終了後学生達が講師を取り囲み,様々な質問をしている姿をみると,「あー,この学生達は医学知識に飢えているな」と感じるわけです.  

さて,東北大学では,昭和40年代後半まで薬学は医学部薬学科であり,私達は同じキャンパスで,同じ講義を聞き育ってきました.そこでは自然に医学教育が行われていたわけです.そうした教育を受けた薬学研究者が東北大学薬学研究科の教授陣の半数を占めるようになりました.即ち,多くの教官が医学教育の爆露を受けているということです.従って,薬学研究科と医学研究科の相互理解は,こと東北大学においては極めて深いと言えます.

私のおります臨床薬学分野というのはそうした深い相互理解の下に薬学研究科長(坂本尚夫教授),医学研究科長(久道茂教授),附属病院長(吉本高志教授)の協力の下に生まれ,その結果薬学研究科教授が医学研究科教授を兼任し,臨床治験センターの副センター長となり,薬学,臨床薬理研究に使用し得るベッドまで提供されたということになります.私自身,薬学部教育は4+2あるいは6年一貫教育の中で,仮に選択であるにせよ,医学教育の比重を大きくして行くことで,新たな発展を期し得るものと考えております.  

何故薬学は薬学であり,理学や農学や工学とは異なるのかを考えれば,これは一目瞭然です.薬学は医学の基本であり応用の最先端であるという視点です.勿論,あまりこれを強く主張するつもりはありません.限りなく純粋理学に近い領域のあることもまた薬学の特徴です.これは医学の中に限りなく純粋理学に近い領域のあることと全く同じ事で,何等薬学が医学の基礎であり,また応用の最先端を担う部門であるとする考えに矛盾するものではありません.あるいは,医学部と薬学部が「応用生命科学部」としてその中に純粋理学の要素をも抱合しつつ,共に発展を計る時代が来るのかもしれません.  

東北大学薬学部には推薦入試の制度があり,私達はその選考にあたります.殆ど全ての学生が薬学部への入学のmotivationに「疾病」への挑戦を言います.では何故彼らは医学部に入学しないのでしょうか(事実,ここでの受験者は,どこの医学部にも悠々と入学出来る成績をもつ人達ばかりなのです)? 彼らは,疾病(人)と物質の両者を熟慮し,自分は物質から疾病にアプローチしたいと主張するのです.  

少し話題を変えて,実際の臨床薬学の教育について述べます.私の主たる研究内容は,先程述べた大迫研究に代表される臨床疫学であり,降圧薬の臨床薬理,高血圧治療学及び最近立ち上がったインターネットを用いた高血圧の大規模介入試験(HOMED‐BP試験)などです.またその臨床疫学の中で,薬剤疫学や,遺伝子疫学が着々と進行しています.また荒木勉助教授の率いる中枢神経薬理も教室の大きなテーマの一つと言えます.当初はこうした医学的テーマにどれ程薬学系の学生が興味を持ってくれるか心配をしておりました.

ところが,いざ蓋を開けてみると医療薬学系への興味は大きなものであることがわかりました.臨床薬学のホームページを頼りに,自分はコホート研究をやりたい,あるいは,遺伝子疫学,HOMED‐BP研究をやってみたいという薬学系の大学院応募者が次々と現れました.同時に医学系の大学院生もまた,同じテーマに興味を示し,平成13年度は4人のMDコースの入学が決まっています.同一のテーマで,医学系と薬学系の学生が同時に研究を進めることになります.1つの視点ではなく2つの異なった視点が1つのテーマに注がれることになります.  

更に,修士課程2年の後期に半年間,薬学研究科の全分野から希望により医療薬学コースという臨床実習が昨年から開始されました.私自身何をどのように教育すべきか考えあぐねておりましたが,薬学系大学院生の意識は,とっくに私の意識を越えておりました.ある学生は,チーム医療における薬剤師の独自性をテーマにclinical research coordinator(CRC)としての研修を望み,半年間,看護婦CRCとともに連日CRC業務を担当し,週1回case presentationを行ってくれました.CRCは,本来看護婦からも薬剤師からも独立した治験のプロフェッショナルとしての新たな職域であり,正に,そこでは看護婦,薬剤師,医師といった職域の壁が全くない領域といえます.更には今年度からは終末期医療における薬剤師の役割を考え,実践する機会の場を設ける事と致しました.  

本来本稿では,何が医学と薬学の接点において問題点であるかを探り,ディベートのテーマを提示することを目的としておりましたが,結果としては,この1年半に内科医が薬学教育の中に入り込んだことにより生じた幾つかの反応を記すことに終始してしまいました.正直なところ,ディベートの種を提示するほど私自身の経験も知識も成熟していないといえましょう.しかし本稿が医学・薬学の両分野の薬理学研究者の目にとまり,もし何等かの感慨をもたらすとしたら,少しでもこの一文を書いたことの意義があるのではないかと,自らを慰めております.予定稿の長さを越えて,長々と記しましたが,御一読願えましたら幸いです.  

貴学会の益々の御発展をお祈り申し上げます.

これは日薬理誌117巻4号より転載したものです。  

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