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コレスポンデンス

血管系においてコリン系は重要か?
東邦大・医・薬理 水流弘通
htsuru@med.toho‐u.ac.jp

 副交感神経伝達物質acetylcholine(ACh)の血管拡張作用に内皮細胞が必須であることをFurchgott & Zawadzkiが発見して(Nature 288, 373‐376, 1980),その後の目覚ましい血管生物学の進展とnitric oxide(NO)というユニークな生体内活性物質研究の発展がもたらされた.

自律神経系,交感神経と副交感神経の拮抗的二重支配がひろく信じられているので,交感神経による血管収縮とともに副交感神経の血管拡張作用の仕組みも,これで理解できたと思われた.しかし一方で,血管周囲神経は血管の外膜‐中膜接合部にまでしか入っていないので,伝達物質AChが中膜平滑筋層を通り抜けて,内皮細胞にまで到達できるのかという疑問が残った.

 Furchgottらの発見は,in vivoにおけるAChの血圧降下(血管拡張)作用とin vitroでは摘出血管収縮作用という矛盾,長年の薬理学の難問をみごとに解き明かしたものだった.しかしKalsnerは逆に,in vitroの実験であるいは外から投与されたAChは血管拡張作用を示すが,in vivoで副交感神経を刺激しても伝達物質AChは内皮細胞に有効に作用せず,むしろ中膜の血管平滑筋細胞のムスカリン受容体を介して収縮を起こすことを示し,外来性AChの作用と内在性コリン作動性神経の刺激効果とを混同してはいけないこと,これらは厳に区別されるべきことを強調した(Kalsner S: Circ Res 65, 237‐257, 1989)

.またKalsnerは,コリン作動性神経と冠動脈れん縮・突然死との関連性を示唆している.このKalsnerの警鐘が功を奏したのか,Goodman and Gilmanの教科書の7版まではコリン作動性神経刺激反応が冠状血管細動脈:“dilatation ±"であったのが,8版(1990)から“constriction +"に書き換えられた.

 一方重井先生と私共は,イヌ静脈系においてコリン作動性興奮性神経支配が,門脈,腸間膜静脈,肝静脈および下大静脈中部位に局在することを示し,さらにこれらの静脈が自動性収縮を現わすなど,腸管平滑筋の性質と類似していることを考え合わせて,両平滑筋グループは発生学的に近縁のものではないかと考えている(重井達朗:日薬理誌 94, 1‐6, 1989; 日薬理誌 113, 367‐370, 1999).

だからこれらの静脈には腸管と同様に興奮性コリン作動性神経が存在するのではないか,ということは想定できたとしても,強力な収縮性アドレナリン作動性神経に加えて,さらに収縮性コリン作動性神経支配が存在することの生理学的意義は不明である.

 長年脳血管の拡張神経について研究を続けてこられた戸田先生は,この血管に分布する翼口蓋神経節由来の副交感神経線維にはAChが含まれているが,この神経刺激による血管拡張はAChではなくてNOによること,すなわち,血管におけるNO作動性神経の存在を初めて明らかにされた(Toda N and Okamura T: Am J Physiol 259, H1511‐H1517, 1990)

.そして,副交感神経性血管拡張神経について次のような新しい考え方を提唱された.すなわち,古典的神経伝達物質であるAChは多くの血管において,神経伝達物質としてよりも交感神経あるいはNO作動性神経の活性を調節するneuromodulatorとして働いており,副交感神経の血管拡張性神経の主な伝達物質はNOであろうと(Toda N: Jpn J Pharmacol 76, Suppl I, 4, 1998).

 一般に血管収縮は交感神経から遊離されるノルアドレナリンによって起こり,いくつかの血管床には血管拡張神経支配があること,例えば骨格筋の抵抗血管には交感神経コリン作動性神経が,また外分泌腺,脳軟膜,外生殖器などの限られた器官の血管には副交感神経が分布することが知られている.しかしながら,これらの神経の生理学的意味/役割はどれも確立されていない(Bell C: The Autonomic Nervous System, Vol. 8, Nervous Control of Blood Vessels, Edited by Bennett T and Gardiner SM, pp. 59‐74, Harwood Academic Publishers, Amsterdam, 1996).以上を要するに,血管系においてコリン作動性神経の重要性は認められていないということである.

 機能が異なる臓器を絶え間なく血液灌流させなければならない血管の性質は,個々で著しく異なり多彩である.そして血管支配神経も多種多様である.むしろこの一様でないということが重要なのではないだろうか.血管系においてコリン作動性神経は普段はわき役かもしれないが,ある状況において重要な役割を果たしているのではないか.

また近年,哺乳類の血液(血漿および血球)中にAChが存在することが報告されているが(Fujii T et al: Neurosci Lett 201, 207‐210, 1995),直接内皮細胞に触れている血中AChの役割は何だろうか.最近の目覚ましい血管生物学の進展のなかでいささか時代錯誤かもしれないが,考古学的なロマンにかられてとりとめもない問題提起をさせていただいた.

 血管系におけるコリン系の意義を討論するきっかけになることを願いつつ,このコレスポンデンス欄の機会をいただいたことに感謝いたします.

これは日薬理誌116巻4号より転載したものです。  

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