コレスポンデンス
創造主は血管支配コリン作動性神経を忘れたのか |
岡山大・院・自然科学研・臨床薬学 川崎博己 kawasaki@pheasant.pharm.okayama‐u.ac.jp |
東邦大・医・薬理,水流教授が提案されたコレスポンデンス「血管系におけるコリン系は重要か?」(日薬理誌 116, 206, 2000)は,血管周囲神経について研究を行っている私にとっても常に抱いている疑問である.多くの血管では自律神経の交感神経がその支配神経として,緊張度の調節に携わっていることはよく知られている事実である. 自律神経が支配する臓器では,交感神経と副交感神経が分布し,臓器機能が相反的に調節されている.例えば,交感神経が興奮的に調節している心臓では,副交感神経は抑制的であり,逆に副交感神経が興奮的に支配している腸管は,交感神経は抑制的に調節することで,つねに恒常性が維持されている.しかし,なぜ血管では支配神経が収縮性神経である交感神経だけなのであろうか. たしかに,臓器血流量の調節からみれば,過剰の血流量増加は組織にとって好ましくないため,血管は常に収縮を維持して血流量を調節する必要がある.そのために交感神経活動を調節することで緊張度をコントロールできる一重支配の方が合理的のように思われる.しかし,一方では血管の過剰収縮は組織の虚血をもたらし致命的であることから,血管を拡張する神経が分布するはずという考えは古くからあり,その証明の研究が続けられている.はたして,血管を拡張させる神経は分布しているのであろうか. 私はこの命題に取り組み,血管には血管を拡張する神経が分布するがコリン作動性神経でなく,強力な血管拡張作用の神経ペプチド(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)を伝達物質とする非アドレナリン非コリン性(NANC)のペプチド作動性神経であることを証明した(Nature 335, 164‐167, 1988).しかし,この神経はカプサイシン感受性の知覚神経に属することから,求心性神経が自律神経のように遠心性機能を持つかという解剖生理学上の大きな問題が解決されていない. さらに,滋賀医大薬理の戸田名誉教授が発見された一酸化窒素(NO)を伝達物質とするNO神経も血管拡張性神経であるが,NANC神経であり,自律神経としてどの程度緊張度調節に関与しているか不明である. 水流教授も書かれているように,現在までは,コリン作動性神経が全ての血管に分布し,血管緊張度調節に関与している可能性は少ないと考えられる.しかし,血管に分布する血管周囲神経上にはアセチルコリンが刺激するムスカリン性およびニコチン性コリン受容体が分布し,外因性のアセチルコリン刺激によって伝達物質遊離の促進や抑制が起きることは多くの研究によって明らかにされている.一方,血管内腔側の内皮細胞上にもムスカリン性コリン受容体が分布し,その刺激はNOを遊離して血管拡張を生じる.しかし,常に内皮細胞上のムスカリン性コリン受容体が刺激されてNOが遊離されている可能性は少ない. 例えば,in vivo実験でNO合成阻害薬の静注では著明な血圧上昇が見られるのに対して,抗コリン薬のアトロピン静注によって血圧上昇が起こるとは限らない.血圧上昇が起きる場合は迷走神経抑制による心拍数増加によるものでNO遊離抑制とは考えられていない.したがって,血管系のコリン受容体を刺激する内因性アセチルコリンの供給源は依然として不明である.アセチルコリンは運動神経,自立神経節前線維および副交感神経の終末から遊離されるが,直ちにコリンエステラーゼによって分解されるので,血管まで到達する可能性はない. 最近,共立薬大・薬理の川島紘一郎教授グループは,血液内にアセチルコリンの存在を確認し(Neurosci Lett 225, 25‐28, 1997),白血球上にムスカリン性とニコチン性受容体が存在することを明らかにされている(Neurosci Lett 266, 17‐20, 1999).この神経系以外のコリン作動システムが血管系コリン受容体へのアゴニスト供給源かどうかは今後の研究を待たなければならない. 供給源が不明にもかかわらず,血管の細胞系は遺伝情報に基づいてコリン受容体を作り続けている.やはり,創造主は血管にコリン受容体は作ったけれども,コリン作動性神経を作ることを忘れてしまったのであろうか.それとも,創造主は我々にその仕組みを解明させないでいるのであろうか.我々がその解明に使っている手段は,コリン受容体遮断薬やコリンエステラーゼ阻害薬を用いて血管周囲神経刺激による血管反応性の変化をみる薬理学的な方法であるが,もっと発想を転換して取り組むことを示唆しているかもしれない. しかし,NO研究の発端となりノーベル賞受賞となったFurchgottの研究(Nature 288, 373‐376, 1980)は古典的といわれるアセチルコリンの血管反応から見いだされたものであり,創造主はこの方法でも十分だともいっているような気もする. 水流先生が提起されたコレスポンデンスを通して,この分野への若き研究者の興味と参入を願ってやまない. |
|
これは日薬理誌116巻4号より転載したものです。 |
コレスポンデンスメニューへ戻る