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コレスポンデンス

「血管系においてコリン系は重要か?」
(116, 206)を読んで  

滋賀医大・薬理 岡村富夫
okamura@belle.shiga‐med.ac.jp

 コレスポンデンスに上記の新しいテーマが水流先生から提起され,編集主任より寄稿を求められたので,これまで戸田先生と共に行ってきた血管支配神経に関する研究から得た成績を中心に,私見を以下に述べる.

 自律神経系には交感神経系と副交感神経系が存在し,多くの臓器には両神経系による拮抗的二重支配が存在すると,多くの教科書の「自律神経系」の項に記載されている.確かに不随意な臓器機能を一方向からの制御ではなく,相反する2つの作用により調節することは,生体にとって精細な調節を行う上で合目的であり,理解しやすい.実際,この考えは心臓だけでなく腸管や気管など多くの管腔臓器に適用できるのに対し,これまで血管系だけは別扱いされてきたような気がする.

実際,以前の教科書には平滑筋を血管平滑筋と非血管平滑筋とに分類して薬物の作用が述べられていたこともあった.この分類がナンセンスであることを明確に証明したのが,水流先生も指摘されているようにFurchgottによるEDRF発見の論文(Nature 288, 373‐376, 1980)である.彼らは,アセチルコリン(ACh)の平滑筋に対する直接作用は,血管であれ,非血管であれ収縮作用であり,AChの動・静注による著明な降圧(血管拡張)作用は,内皮に作用して産生・遊離されるEDRFによる拡張作用が,AChによる平滑筋収縮作用よりも極めて強いためであることを明らかにした.

 交感神経系の伝達物質であるノルアドレナリン(NA)は,α受容体の分布が優位な血管ではin vivoおよびin vitroの差がなく,強い収縮作用が観察されるため,NA作動性神経が血管収縮神経として機能していることは疑う余地がない.

 両者を併せて考えると,NA作動性神経とコリン作動性神経は共に血管収縮を生じることになり,これらの神経による拮抗的二重支配は血管系では存在しないことになる.もちろん,コリン作動性神経が血管系で作用しないというのではなく,イヌ静脈系において血管収縮神経として働くことを水流先生も述べられているし,我々もサル毛様動脈において観察している(Am J Physiol 274, H1582‐H1589, 1998).他方,神経性AChがNA作動性神経に対して前接合部性にNA遊離を抑制することにより,同神経機能を抑制性に調節することは以前から良く知られている.

この点ではコリン作動性神経とNA作動性神経は相反する血管作用を示すことになるが,この場合のAChは,ニューロトランスミッターとしてではなく,ニューロモデュレーターとして作用しているのであり,他臓器で観察されるような交感神経と副交感神経による拮抗的二重支配とはいい難い.それでは,血管系にはNA作動性の収縮神経に相対する血管拡張神経は存在しないのであろうか?少なくともイヌやサルでは一酸化窒素(NO)作動性神経が血管拡張神経として機能していると我々は考えている.

戸田先生が1975年に脳動脈で発見され,永らく非アドレナリン性非コリン性神経と呼ばれてきた血管拡張神経がNO作動性であること(Am J Physiol 259, H1511‐H1517, 1990; J Hypertens 14(4), 423‐434, 1996)ならびにNO作動性神経は交感神経が優位な末梢動脈にも存在し,NA作動性神経に対して生理的拮抗作用を示すこと(News Physiol Sci 7, 148‐152, 1992)を明らかにした.これらのことから,敢えて極端な言い方をすれば,血管系における副交感神経はNO作動性神経であると考えられる.

我々はこれまで副交感神経とコリン作動性神経を同意語の様に使用してきたが,臓器によっては異なる可能性があるのではないかと考える.しかし,この考えは副交感神経という言葉に交感神経に“相反する"という意味がこめられているか否かにかかっているが,その点は良く分からないのでご教示願いたい.

 消化管や気管ではコリン作動性神経が優位に平滑筋の緊張を収縮性に調節している.NA作動性神経は前および後接合部性に同神経を抑制性に調節するが,NO作動性神経もコリン作動性神経に対して少なくとも後接合部性に抑制する.この点からすると副交感神経に“相反する"ので,適切な名称がなく,一般的には抑制神経と呼ばれている.他方,陰茎海綿体ではNO作動性神経が優位にその平滑筋の緊張を拡張性に調節している.すなわち,NO作動性神経は部位を問わず,多くの平滑筋臓器において共通の拡張神経として機能していると考えられる.脳動脈,消化管,陰茎海綿体におけるNO作動性神経は節後神経であり,その節前神経はコリン作動性である(J Cereb Blood Flow Metab 20, 700‐708, 2000; Brain Res 825, 14‐21, 1999).

 当初のテーマを逸脱し,我田引水的な論旨になったことをお詫びすると共に,齧歯類の末梢動脈における血管拡張神経は必ずしもNO作動性神経であるとは考えられていないことも記しておきたい.  結論として,血管系,特に動脈系においてコリン作動性神経は,NA作動性の収縮神経とNO作動性の拡張神経を共に前接合部性に抑制する調節神経として働いているのではないかと考えている.

これは日薬理誌116巻4号より転載したものです。  

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