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コレスポンデンス

「血管系においてコリン系は重要か?」への自説の展開  
共立薬大・薬理 藤井健志
fujii‐tk@kyoritsu‐ph.ac.jp

 水流先生のコレスポンデンス「血管系においてコリン系は重要か?」(116(3), 206)において,哺乳動物の血中にアセチルコリン(ACh)が存在することを報告した我々の論文(Fujii et al: Neurosci Lett 201, 207‐210, 1995)を紹介していただいた.今回,これにコレスポンドするように企画・編集主任より指名されたので,この機会に自説を述べさせて頂くことにした.本稿では,血中AChの存在理由とその生理的役割についていくつかの可能性を挙げて血管系におけるコリン作動系の重要性を論じたい.

 水流先生も引用されたこれまでの研究から,血管系に対する直接的なコリン作動系神経支配はほとんど知られていない.では血管内皮上に存在するACh受容体(ムスカリン受容体)を血管内腔側から刺激するAChはどこに由来するのか?血中には高いコリンエステラーゼ活性が存在するため,遊離の血中AChは存在しないと考えられてきた.また,例えば脳血管周囲のコリン作動性神経終末は内膜と中膜の間に存在するため,AChが遊離されたとしても,作用する前にコリンエステラーゼにより分解されてしまうだろう.すなわち,コリン作動性神経終末から遊離されたAChが血管内皮細胞上のムスカリン受容体に作用し血管拡張を起こす可能性は低い.

 ところで,AChは神経伝達物質としてだけ機能しているのであろうか?第73回日本薬理学会年会において「非神経性コリン作動系」というテーマでシンポジウムが行われた(Jpn J Pharmacol 82, Suppl I, 27P‐28P, 2000).AChは神経伝達物質であることが最初に発見され,その概念が広く浸透している.しかしながら,AChは細菌類,原生動物,植物などにも存在することが報告されている(Wessler et al: Pharmacol Ther 77, 59‐79, 1998).

すなわち,生物進化の初期段階において,AChは細胞間のシグナル伝達物質,あるいはイオンや栄養物質の輸送調節物質として機能していたが,神経をもつ動物が出現した際に神経伝達物質の1つとして利用されたとの説が提唱されている.高感度で直接的なACh定量技術の開発により,AChは神経系のみならず,血液,気道や消化管の粘膜上皮細胞,および羊水浮遊細胞などの様々な組織や器官にも存在することが報告されている(上記Wessler et al; Sakuragawa et al: Neurosci Lett 232, 53‐56, 1997).

 血管内腔側に存在するムスカリン受容体を刺激するAChはどこに由来するのかという疑問への回答の1つとして,血管内皮細胞自身がAChを産生し,遊離するという報告がなされている(Pernavelas et al: Nature 316, 724‐725, 1985; Gonzalez and Santos‐Benito: Brain Res 412, 148‐150, 1987; Kawashima et al: Neurosci Lett 119, 156‐158, 1990; Ikeda et al: Brain Res 655, 147‐152, 1994).

しかしながら,現在までに血管内皮細胞から遊離されたAChと血管弛緩との関連を明確に証明するデータは得られていない.  最後に血中AChの起源としてのTリンパ球におけるACh産生とリンパ球におけるコリン作動系の生理的役割について論じたい.サイトカインの発見により下火になったが,1970年代には免疫系とコリン作動系(副交感神経系)との間の相互作用に関する研究が盛んに行われていた(Maslinski: Brain Behav Immun 3, 1‐14, 1989).

血中AChの大部分は単核白血球に局在していることから,我々はリンパ球におけるACh産生の研究を開始した.Tリンパ球には神経系と同一のACh合成酵素コリンアセチルトランスフェラーゼが発現していることから,Tリンパ球が血中AChの起源であることを証明した(Fujii et al: Proc Jpn Acad 71B, 231‐235, 1995).その後の研究より,リンパ球はコリン作動系として必要な機構をすべて備えていることが判明し,リンパ球における独自のコリン作動系の存在を提唱するに至った(Kawashima & Fujii: Pharmacol Ther 86, 29‐48, 2000).リンパ球におけるコリン作動系の免疫機能調節に及ぼす影響を現在研究中である.

 リンパ球は血管内皮細胞に直接接触することができる.したがって,Tリンパ球から遊離されたAChが血管内皮細胞上のムスカリン受容体を介して,血管拡張を局所で起こす可能性が考えられる.なお,Tリンパ球からのAChが全身血圧に影響を及ぼすとは考えにくい.リンパ球は直接標的細胞に接触できるので,作用点局所においてAChは作用発現濃度に達することができるであろう.誤解され易い点であるが,全身の血中ACh濃度がAChの作用発現濃度にまで上昇する必要はない.むしろ高いコリンエステラーゼ活性はAChの作用を限局させるという目的にかなっていると考えられる.

 以上,自説を展開させていただいた.血管系のコリン作動系に関する研究の今後の展開に私自身興味がある.

これは日薬理誌116巻4号より転載したものです。  

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