アーカイブ

コレスポンデンス

「血管系においてコリン系は重要か?」から
-雑感あれこれ  
福岡大・医・薬理 桂木 猛
katsurag@fukuoka‐u.ac.jp

 東邦大・水流先生のコレスポンデンス「血管系においてコリン系は重要か?」を大変興味深く読ませて頂いた.

 1980年にFurchgottらがAChの血管拡張は内皮細胞からEDRFの遊離による間接的な作用であるという有名なNature誌への報告以降も,コリン神経は血管の外膜と中膜の間に存在しているので,果たして遊離したAChが拡散によって内皮細胞に達することは不可能ではないのかという疑問は多くの人々が抱いていた.

しかし,これは共立薬大の藤井先生も述べておられるように,その後の非神経性コリン作動機構の発見により見事に解決されつつあるように思われる.Burnstock一派(Nature 316, 32, 1985)はラット脳毛細血管の内皮細胞に明らかなcholine acetyltransferase(ChAT)活性を認め,これによって合成されたAChがEDRF(これは後にNOとなる)を遊離させる可能性を示唆した.

実際に内皮細胞局所でACh合成が行われることは,その後の追試によって確認されているが,さらに種々の上皮細胞や白血球,血小板などでもChAT活性に伴うAChの合成と遊離が証明されている.AChが神経伝達物質のみならず,オートクリン/パラクリンでもあるという点は大変魅力的である.本物質がバクテリアやある種の植物中にも見られることより,系統発生学的にも古い時代から存在していたことが推定される.

現在,2つのジャンルに属するシグナル伝達物質としてはATPやセロトニン,ヒスタミンなどが知られているが,いずれもこれらは動・植物界に広く存在していることともよく符号する.さて,視点をかえACh以外の血管機能の抑制性調節因子または機構について考えてみたい.先ずは,非コリン性/非アドレナリン性神経(NANC)の存在についてであるが,すでに岡山大・川崎先生と滋賀医大・岡村先生が,コレスポンデンスにおいてそれぞれ御自身の研究の結果をふまえ,ラット腸管膜動脈ではCGRPが,イヌ脳動脈ではNOが血管拡張性の神経伝達物質ではなかろうかという説を述べられている.

現在,NANCの存在の可能性については血管のみならず消化管や気管支の平滑筋などで巾広い研究が展開されている.また,このNANCとの区別が必ずしも明確ではないが,一つの神経終末に複数の神経伝達物質が共存するという,いわゆる共伝達物質(co‐transmitter)の考え方も最近はかなりポピュラーになった.血管周囲の副交感神経終末でAChと共存するペプチドとしてVIP,NPY,ソマトスタチン,ダイノルフィンなどが知られているが,この中,VIPがもっとも有力な血管拡張性伝達物質と考えられている.一方,交感神経系ではNAの共伝達物質としてATPとNPYが広く認知されている.ATPはイヌ脾動脈などで立上がりの早い収縮反応を示す.

この時電気刺激により二相性の収縮が見られるが,第1相はATP,第2相の収縮はNAによると言われる(日薬理誌 116, 85, 2000).ATPはシナプスへの遊離後は一連のエクトヌクレオチダーゼによってアデノシンにまで代謝されるが,このアデノシンはシナプス前部のA1‐受容体に作用してNAの遊離を抑制する.NPYもそれ自身の収縮作用は非常に弱く,アデノシン同様,presynaptic NPY‐Y2受容体に働く神経調節因子としての役割が重要であろうと考えられている.NA自身のα2‐受容体を介する自動調節も含め,このような交感神経系に対する神経調節の存在も血管拡張に関与する調節因子の一つと言えるであろう.

血管の自動性や収縮性,さらに神経支配の程度などは,種差や血管の種類,同じ血管でも部位(径の大小)によってそれぞれ大きく異なっている.従って上に挙げた種々の抑制性調節機構はその時の血管の状態(例えば,虚血など),刺激の強さや質の違いにより,必ずしも同一ではなく,そのいくつかが複合的に血管に作用している可能性が考えられる.

このように見てくると,血管調節機構に関する研究は未だ不明な部分が多く,21世紀に向けて今後の発展が大いに期待される領域である.最後に,水流先生の問いかけに対し,かなり的はずれのコレスポンデンスに終わったことをお赦し願いたい.

これは日薬理誌116巻4号より転載したものです。  

コレスポンデンスメニューへ戻る

このページの先頭へ