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コレスポンデンス

「血管系においてコリン系は重要か?」
―AChのルーツ考  
東邦大・医・薬理 水流弘通
htsuru@med.toho‐u.ac.jp

 「血管系においてコリン系は重要か?」という問題提起に対して,多くの先生がたにコレスポンドしていただき,感謝いたします.岡山大・川崎先生は血管周囲CGRP神経を明らかにされた研究を元に,また,滋賀医大・岡村先生は血管のみならず種々の平滑筋臓器においてNO作動性弛緩神経が分布することを述べられ,血管系において必ずしもアセチルコリン(ACh)が交感神経のノルエピネフリン(NE)ほど重要な役割を演じていないことを指摘された.

さらに,福岡大・桂木先生は交感神経の共存伝達物質であるATP,そしてアデノシンによるシナプス前性調節などの例を示して,血管調節の仕組みの複雑さを指摘された.

 私が最も興味を抱いているAChのルーツについて,共立薬大・藤井先生は『AChは単細胞生物や植物にも存在し,細胞間のシグナル伝達物質,あるいはイオンや栄養物質の輸送調節物質として機能していたが,神経を持つ動物が出現した際に神経伝達物質の1つとして利用された』という説を紹介してくださった.このことに関連して,私は30年以上も昔,おそらく大塚正徳先生(東京医歯大名誉教授)の授業で,麦角にはいわゆる麦角アルカロイドの外にアセチルコリン,ヒスタミンなども含まれており,HH Daleが『麦角は薬理学の宝庫である』と言ったと聞いた.

その時は,なぜこのようなものに哺乳動物の伝達物質が含まれているのか,と不思議に思ったものだった.しかし今や,個体発生は連綿と続く生物進化の過程(系統発生)を繰り返すというEH Hackelの反復説を思い起こし,元を辿れば藤井先生が述べられた所に行き着くことが分かって納得させられた.

 J Botarによれば,植物神経系を構成する3つの系のうち血管神経細胞系(vascular nerve‐cell system)は,系統発生的に腸管神経細胞系(enteric nerve‐cell system)や内臓神経系(visceral part of the nervous system of the organism)よりも遅れて,脊椎動物の円口類において初めて現れる.それの太い血管の両脇に現れたクロマフィン細胞群の中にまばらに発生した血管神経細胞系は,血管に沿っておそらく全ての臓器組織に分布した(Acta Neurovegetativa 30, 342‐349, 1967).

これが現在用いる語の交感神経‐副腎系に相当すると思われる.交感神経‐副腎系の活性化は,Goodman & Gilmanの教科書にあるように,血管のみならず種々の器官が“fight or flight"に都合の良い状態をつくることになる.全身的な循環調節において交感神経‐副腎系が主役であることは,この系に働く種々の薬物が臨床的に繁用されていることからもよく分かる.

 ところで,言うまでもなく循環器系の役目は身体各部に栄養素と酸素を供給し,老廃物と炭酸ガスを運びだすことであり,肝心の作業場は各器官の微小循環系であるから,重要な器官ほど,例えてみれば高速道路,一般道路,振り替え輸送の際の側副路などが発達することになる.そして,全身の器官は一様に活動しているわけではなく,状況に応じて常に変化している.

ならば,全身の血管系が一様に振る舞うことは極めて不都合であり,状況の変化に応じてそれぞれの器官の活動に適した血液配分がなされなければならない.それ故に,前述の先生がたが述べられたように,動物種や血管部位によって多様な血管調節機構が必要になってくる.その多種多彩な表われかたをわれわれは観察しているのであろう.

しかるに,Goodman & Gilmanの教科書の有名な自律神経刺激反応の表は,アドレナリン作動性神経とコリン作動性神経が臓器の機能をあたかも目的論的に,正の方向と負の方向に拮抗的二重支配しているというような印象を植え付けて,その考えが広く行き亘っているように思える.私共はそうではなくて,先に重井先生が『サイエンスエッセイ』(本誌 113(6), 367‐370, 1999)で述べられたように,生物進化の結果として臓器により単独,あるいは多重の神経支配が見られるのだと考える.さらに私見を言わせてもらえば,Goodman & Gilmanの神経節遮断効果の表に示されている代表的器官の交感神経あるいは副交感神経のトーンの優位性が,各器官本来の神経支配の原型を示していると考える.

 終わりに,例外扱いされる交感神経コリン作動性線維について述べたい.汗腺および下肢骨格筋血管に分布する交感神経はコリン作動性であることが知られているが,近年,ラット汗腺支配交感神経などでよく調べられ,交感神経節の二面性,すなわち発生初期にはアドレナリン作動性だったのが,後にコリン作動性に変わることが示された(Landis: Life Sci 64, 381‐385, 1999).特定部位の交感神経節後線維がアドレナリン作動性からコリン作動性に,いわば「由緒ある(?)」情報伝達物質のAChに見かけ上先祖返りをしたのは何故であろうか?ヒトに無用の虫垂が残っていたり,哺乳動物のクジラが母なるへ再び回帰したのも,いずれも必然性があってのことに違いないと思う.

これは日薬理誌116巻4号より転載したものです。  

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