アーカイブ

コレスポンデンス

医学教育コア・カリキュラム案と医系薬理学教育
対する私見

千葉大学医学部薬理学講座 中谷 晴昭
e-mail:nakaya@med.m.chiba-u.ac.jp

 現在、多くの医科大学・大学医学部において医学教育の改革が計画あるいは進行中である。これには、明治以来、ドイツをひとつのモデルとして構築されてきた日本型医学教育システムにいくつかの問題点があることが明らかとなってきたこと、また、社会の情報化に伴い、米国型医療をモデルとした「医療のグローバリゼーション」もおき、国際的に標準化された医療が求められているという背景があると思われる。加えて、昨今医療過誤の報道が頻繁になされており、大学卒業時においてある程度の知識、臨床的対応能力をもった学生を送り出すことも医学教育に求められている。

 全国的にも医学教育の改善にむけて、平成10年度の大学審議会答申に続いて、平成11年には21世紀医学・医療懇談会第4次報告としての「21世紀に向けた医師・歯科医師の育成体制の在り方」が発表されている。そのような中で医学における教育プログラム研究開発事業委員会が平成10年より医学のコア・カリキュラムモデルの作製にとりかかり、平成12年11月に国公私立医科大学・大学医学部の教育関係者に提示され、現在は各大学からの意見をもとに平成13年3月までにまとめることを目標に現在修正中と聞いている。

 今回、このコレスポンデンスの欄に駄文をのせて頂くきっかけとなったのは、おそらく私の所属する千葉大学の基礎医学系シラバスが最初の段階でカリキュラム作成のためのたたき台となったため、先日発表されたコア・カリキュラムに対して説明を求められているものと解釈している。

私たちの大学では平成9年よりコア・カリキュラム化を含めた教育改革に着手していたので、当時の教務委員長が上記委員会のメンバーの一員になることとなった。当初は基礎医学の部分は薬理学をはじめそれぞれの学問体系ごとに数大学の先生方に見ていただき、改訂を重ねるという作業を繰り返していた様である。しかしながら昨年の後半になり、薬理学各論のほとんどすべてが統合型の一部となり、各疾患の最後に「治療」という一言で述べられているという状態となってしまっている。また、総論的な部分も表現の不適切な部分が多いものとなっている。

昨年末に発表されたコア・カリキュラム案をみて、私自身大変驚いたし、いささか失望の念を覚えたのも事実である。  生命科学の進歩は速く、すべてを教授しようとすると学生の負担は計り知れない。したがって、ある限定した期間で教育しようとするとそれぞれの学問分野でコアをきめ、教育する内容を精選しなければならない。また、教育手法も従来の知識伝授型から、問題解決型などの方法(例えばチュートリアル等)も取り入れ、学生の学習への意欲を高めながら、薬理学を身に付けてもらう事も必要である。しかしながら、薬理学すべてを統合型教育の一部として行えばそのモチベーションが高まり、教育効果があがるとは私には思えない。薬理学の基本を体系的にしっかり学んでこそ、臨床科目の最後で治療について比較的簡単に触れることでよい状態になると信じている。

 薬は病気に苦しむ患者で効力を発揮して、その価値が生まれる。薬理学を教える際に、病気について十分話した後薬物の薬理作用と作用機構、副作用を説明すると、医学生は興味を持つ。もちろん薬理作用を細胞レベル、受容体レベル、分子レベルで理解させることは、彼らが将来臨床研究者として新たな薬物治療法を見出す人材になってもらうためには、重要であろう。しかしながら、多くの医学生に対しては、臨床薬理学的観点から対象となる薬物がどのような臨床的場面でどのように用いられるか、どのような副作用を予期しなければならないかを解説し理解させることがより重要であると思っている。これは、臨床家に薬理学の各論を話してもらうということを意味するものではない。薬理学者が絶えず臨床系での薬物治療学の動向を把握し、それを反芻して学生に教授する必要があろう。

 昨年発表されたコア・カリキュラム案には従来からの学問的区分である"ology"を廃するという考えが根底にあったようである。改革には、従来からの固定的観念を一掃するためにある程度思い切った変更を提示しなければならないというのも事実であろう。しかしながら、あの案を見る限り、基礎医学系の教官が教育目標を非常に立てにくい状況となっている。発表されたコア・カリキュラムは教育内容の6割を示すもので、残りは各大学での独自性を出しアドバンスト教育を行うとしてあるので、その運用はそれぞれの大学に任されているのかもしれないが、少なくとも全国の医科大学・大学医学部の教育におけるひとつの指針となるものであるから、十分な議論と改善が必要と私は思っている。

 今回のコア・カリキュラム案の提示は薬理学教育について考える機会を与えてくれた。既にメーリングリスト"pharmacologist"上で多くの議論がなされているが、私もこの欄で敢えて誤解を恐れずに、コア・カリキュラム案提示までの経緯と私の個人的な意見を述べさせて頂いた。今後の医系薬理学教育についての議論の火付け役となることができれば幸いである。

これは日薬理誌116巻4号より転載したものです。  

コレスポンデンスメニューへ戻る

このページの先頭へ