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コレスポンデンス

血管系においてコリン系は重要か?
岐阜大・医・薬理 植松俊彦
uematsu@cc.gifu‐u.ac.jp  

 水流弘通先生の「血管系においてコリン系は重要か?」(日薬理誌 116, 206, 2000)という問題提起に対して,浅学にして正面から論を展開することはできないが,イヌ下大静脈中部位に存在するコリン作動性興奮性神経が迷走神経ではなく大内臓神経から分布していることを示した者の一人として,アセチルコリン(ACh)と血管につき私見を述べさせていただく.

 筆者が名古屋大学医学部の学生であった時,薬理学教室では重井達朗先生(当時教授)の下,水流先生らがイヌの主要静脈の薬物反応性の違いを色分けし発生学的由来と関連づけられるマップとして示されつつあった.学園紛争後遺症による教授不在の解剖学で若手の先生方から発生学を中心とした講義・実習を受けていた自分にとっては「個体発生は系統発生を繰り返す」という概念が極く自然に思われ,薬物反応と発生学的由来を関連づける研究にぜひ自分も関わりたいと大学院に入れていただいた.

その頃には摘出標本実験からさらに進んでイヌ生体内で血管反応を記録することを目指しておられた.まず太い下大静脈から始め,石川先生(現愛知医大教授)の卓抜なるアイデアで,気管支チューブのカフの部分だけのような中空のバルーン・カフを上大静脈や下大静脈の末梢から下大静脈内に挿入し,カフ内圧を測定する方法が考案された.長い試行錯誤の末,下大静脈の横隔膜より上(上部),横隔膜と腎静脈分岐部の間(中部),腎静脈より下(下部)の3部位で血管の収縮を記録し比較できるようになり,中部では常に自発性の律動的収縮がきれいに記録された.

そして北大・獣医・家畜薬理の中里,大賀両元教授のご指導の下,神経由来を明らかにすることができた(J Physiol 328, 191‐203, 1982).大内臓神経中のコリン作動性神経はネコの食道で報告がある程度の例外的なものであるらしい.大内臓神経刺激による中部の収縮反応は大部分がアドレナリン作動性で,α遮断薬投与後に残ったわずかな収縮がコリンエステラーゼ(ChE)阻害薬投与で大きくなり,それがアトロピン投与で消滅するという,このコリン作動性神経がとても大きな働きをしているとは言えないものであった.

 薬物投与による反応も特に中部で検討したが,このカフ法には根本的な問題があり,カフ自らが内皮を圧迫し覆い隠してしまうことであった.しかし,大腿静脈から薬物を注入するとまず内皮側から作用し,心臓・肺循環を経て動脈(中部は輪状筋と縦走筋からなり分厚く栄養動脈vasa vasorumが発達している)から再び平滑筋に直接作用するという二相性の反応として見られることは,当たり前といえば当たり前だが,大腿動脈に発光ダイオードと受光センサーを置き,薬とインドシアニングリーンを同時に投与して,そのことを証明することができた.

コリン作動性神経はこのvasa vasorumとともに血管中膜に直接分布していると考えられる.コリン作動薬カルバコールは上記のごとく二相性の収縮反応を示すが,AChでは内皮側からの収縮反応しか現れず,これは肺循環を回る間に血液中に豊富に存在するChEで分解され動脈側に達しないからである.水流先生は血液(血漿と血球)中にAChが存在するという報告を引用されているが,その含有量と血液中の豊富なChE活性を勘案すると,それが大きな働きをするとは考えにくいが如何であろう.

また水流先生は,コリン作動性興奮神経が冠状動脈のれん縮・突然死と関連性を有するとのKalsnerのreview(Circ Res 65, 237‐257, 1989)を引用しておられる.心臓の発生が鰓腸循環という腸管系に関連した静脈側であること,冠動脈は心臓のvasa vasorumであることを考えるとコリン作動性興奮神経が分布していても辻褄が合うというのは言い過ぎであろうか.その神経のoriginも知りたいところである  いずれにしてもコリン系の作用は限定的で通常では大きくはなく,やはり戸田先生が示されたようにAChはNO作動性神経等のneuromodulator的な働きがメインであろうと個人的には考えている.

 余談であるが,前記一連の生体位イヌでの実験過程でたいへん興味あるanomalyを有する全内臓逆位(Situs inversus totalis)のイヌを見つけた(Vasc Surg 17, 327‐335, 1983).注目すべきは下大静脈で,本来大動脈の右側にある下大静脈は逆位によって左側に位置するべきであるが,このイヌでは中部は順当に左側だが,左右の腎静脈分岐部のところで大動脈を乗り越えて,下部は大動脈の右側に位置していた.これは下大静脈が左右の体壁系静脈と腸管系静脈との間に吻合ができ,最終的には通常は右側の成分が残るという発生学的にはモザイク状にできることを証明してくれるanomalyと言える.

そして,重井先生一門が静脈系の反応性や神経支配と発生学との密接な関連性を示してこられたこと,また何よりも自分が下大静脈・門脈の反応性や神経支配が発生と関連していることを研究してきたことが間違ってはいなかったと示してくれている「天啓」であったと思っている.

これは日薬理誌116巻4号より転載したものです。  

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