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コレスポンデンス

「血管系においてコリン系は重要か?」
―生体機能のredundancy
武庫川女子大・薬・薬理II 篠塚和正
kazumasa@mwu.mukogawa‐u.ac.jp  

  東邦大・医・水流先生が提起された「血管系においてコリン系は重要か?」というテーマは,自律神経系の二重拮抗支配を学んだ者にとっては共通した疑問であるように思う.従って,水流先生に始まる各先生方のコレスポンデンスにはそれぞれ納得させられたり,我が意を得たりと感じることが多々あり,非常に興味深く読ませていただいた.

 このディベートの中で,滋賀医大・岡村先生は血管においてAChは神経伝達調節因子であり,拡張性神経伝達物質としては必ずしも重要な役割を果たしていないことを述べられ,岡山大・川崎先生はこれを「創造主は血管支配コリン作動性神経を忘れたか?」と表現された.こうしてみると,血管内皮細胞のムスカリン受容体は血管系の情報伝達網から忘れ去られたorphan受容体であり,無駄な存在のようにみえる.これに対し,共立薬大・藤井先生と福岡大・医・桂木先生は,血管系におけるAChの供給源が非神経性細胞,すなわち内皮細胞や血液細胞などであるという報告を紹介し,血管系においてAChは局所的な調節因子(オータコイド)として機能している可能性を示唆された.さらに藤井先生は,血中の高いコリンエステラーゼ活性はAChの作用を狭い範囲に限局させる意味で重要であると指摘された.恐らくこのような制御機構が巧妙に働いて,局所的な血液の需要と供給のバランスが最適の状態に調節されているのであろう.

 神経伝達物質でありながら,AChがオータコイドとしても機能しているという点を考えると,この性質は血管系におけるプリン系と非常に似ている.桂木先生も指摘されているように,ATPはノルアドレナリンの共伝達物質として機能するが,交感神経伝達に対しても抑制性調節因子として機能する.また内皮細胞のP2Y1やP2Y2などに作用して血管平滑筋を弛緩させることもよく知られているが,このプリン受容体を刺激するATPの供給源は,AChと同様に内皮細胞であろうと考えられている.Westfallらは交感神経刺激によりウサギ胸部大動脈内皮細胞からATPを初めとするプリン物質が遊離されることを見いだし,その遊離量はノルアドレナリンの350倍にもなることを報告している(J Pharmacol Exp Ther 252, 1060‐1067, 1990).

また,我々も,α1受容体刺激によりラット尾動脈培養内皮細胞からATPが遊離されることを観察している(Br J Pharmacol 113, 1203‐1208, 1994).内皮からのATP遊離を引き起こす因子としては,これ以外にも血流に起因するずり応力や低酸素などがあり,全身的な循環動態を変動させることなく局所血流量を調節しているものと思われる.この他にも,ATPは血小板,マクロファージ,T細胞など多様な細胞組織から遊離されることが報告されており(TIPS 22, 5‐7, 2001),免疫系と血管系とのクロストークにもATPが関与していると考えられる.

 このように多様な細胞がATP遊離機能を有することが報告されているが,最近Westfallらは交感神経からATPが遊離される際,その分解酵素であるnucleotidaseも遊離されることを報告し(Nature 387, 76‐79, 1997; J Pharmacol Exp Ther 296, 64‐70, 2001),Burnstockらも血管内皮細胞からのATP遊離に伴うATPaseおよびnucleotidaseの遊離を観察している(Br J Pharmacol 129, 921‐926, 2000).藤井先生のお考えを応用すれば,ATP分解酵素の遊離はATPの作用を狭い範囲に限局させるため,と解釈できその役割も理解できよう.

血管系(特に内皮)では,AChもATPも遊離された局所でのみ調節機能を果たすことに意義があり,そのためにこれら酵素による速やかな分解が必要なのかもしれない.結論としてはコリン系もプリン系も,何重にも張り巡らされた血管機能制御システムの一つであり,生物のもつredundancyという戦略の一部ではないかと想像している.  さて蛇足になるが,ATPが細胞内の高エネルギー単体として生命維持に重要であることはよく知られている.ATPは人体に50 g程度しか含まれていないが,1日に50~100 kgも消費されるので,絶えず合成しなければならない.その消失は当然,死を意味するが,ここで古典的な疑問が復活する.分解酵素とともに遊離されたATPのエネルギーは何かの役にたっているのだろうか?

 射精時に放出される3億の精子のほとんどは無駄死にし,胸腺ではT細胞の95%がアポトーシスにより除去されてしまう.それぞれ生物学的な意味づけがあるにせよ,このような壮大な無駄?から見れば細胞外ATPのエネルギー損失など微々たるものかもしれない.しかし水流先生が前回のコレスポンデンスの最後に,「汗腺交感神経の先祖帰り,無用の虫垂,鯨の回帰も何らかの必然性があってのこと」と書かれているように,恐らくこの疑問にも創造主はちゃんと答えを用意しているのであろう.最後にディベートの主旨からはずれ,愚問を展開してしまったことをお許し願いたい.ご批判やご教示をいただければ幸いである.

これは日薬理誌116巻4号より転載したものです。  

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