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くすりはなぜ効くか?

福井大学医学部薬理学領域 村松郁延

「くすり」(薬)を飲んで、頭痛が治ったり、胃の痛みが治まったりすると、本当に薬はありがたいもの、健康は大事だと思います。しかし、治ってしまうと、すぐ薬のことは忘れ、なぜ薬が効いたのか考えもしません。また、健康に気を使うことすら忘れがちです。今日お集まりの皆さんは、しかしながら、常日頃から健康に気を使っている方々だと思います。今日は、薬がなぜ効くのか、考えてみましょう。

「くすり」とは? 薬の定義

 薬とは、「もともと私たちの体が持っている機能を亢進するか減弱する物質」と定義されています。よく、全く新しい機能を体に引き起こす魔法のようなことや、体の機能の性格を変えてしまうといった夢のようなことを薬に期待しがちですが、そうではありません。病気でくずれたバランスを正常な状態にもどす―そのために、もともと体が持っている機能を亢進したり抑制したりする、それが薬です。また、「病は気から」といいます。薬は万能ではありませんから、薬にあまりたよらず、健全な精神を持って生活したいものです。

薬が「効く」のは何故でしょう

 薬が効いたということには、2つの意味があります。薬が病気の原因そのものを取り除くことができた場合と、単に病気の症状を抑えた場合です。前者を原因療法、後者を対症療法といいます。現在用いられている多くは、病気の症状を単に抑える対症療法薬で、原因を直接取り除く薬はごくまれです。

たとえば、風邪は風邪のウイルスが原因とわかっているのですが、風邪のウイルスを直接死滅させる薬ではありません。風邪薬とは、頭痛発熱・咳・鼻水など風邪を引くと出てくる症状を、鎮痛解熱薬や咳止め薬などで抑えているだけです。風邪ウイルスを排除するのは、私たちの体に備わっている免疫力によります。ましてや風邪薬は風邪ウイルスにかからないようにしているわけではありませんから、風邪を引かないように予防的に飲むのは意味が無く、症状が出てから飲む薬といえます。

高血圧や高コレステロール血症などの生活習慣病と呼ばれる病気は、多くの場合原因さえも明らかではありません。しかし放っておくと脳卒中や心筋梗塞などもっと重い病気になりますので、そうならないよう予防するために血圧の薬や高コレステロール血症の薬を飲みます。これらの薬も病気の原因を取り除くわけではありませんが、症状を抑えるために飲み続けなければいけない薬といえます。

薬はどこに効くのでしょう?

 薬が効くということは、その症状を引き起こしている部位に薬が特異的に作用して病状を緩和したことを意味します。最近の研究で、薬が作用する部位、そこを薬の作用点やターゲットといいますが、その詳細がわかってきました。それらは、受容体や酵素と呼ばれるもので、いずれも生体機能に関与している大事な細胞構成成分です。これらがなんらかの原因で異常な活性を示すようになると、病的な症状が現れてきます。薬は、受容体や酵素の作用を亢進したり抑制したりして、その活性を正常に戻すのです。

男性は、50歳以上になると、前立腺肥大に伴う排尿障害の症状を訴えるようになります。その発症率は、60歳代で60%、70歳代で70%といわれています。この排尿障害は、肥大した前立腺が収縮して尿道を圧迫した結果、<尿が出にくい・排尿がだらだらといつまでも続く・残尿感がある>といった、排尿調節がうまくいかなくなった状態をさします。そして、この前立腺の収縮を起こしているのが、前立腺に存在するαアドレナリン受容体の過剰な活性と考えられています。そこで、この排尿障害を治療するために、前立腺のαアドレナリン受容体をターゲットにしたα受容体遮断薬が開発されました。会場にも、このタイプの薬を飲んでいる男性の方が結構いるのではないでしょうか。ところで、この薬には、残念ながら前立腺肥大という最初の症状を直す効果はありません。前立腺肥大を抑えるには、別の薬を飲む必要があります。

ニトログリセリンは、狭心症の薬として古くから使われている、皆さんよくご存知の薬です。ノーベル賞を創ったノーベルが、ダイナマイトの原料にしたことでも有名ですが、医学的には、心臓にある冠状動脈という血管の収縮(狭心症)を抑えるために用います。ニトログリセリンの作用点は、血管の平滑筋にあるグアニレートシクラーゼという酵素ですが、直接この酵素に作用するのはニトログリセリンそのものではなく、ニトログリセリンから遊離したNO(一酸化窒素)という小さな分子であることが最近わかってきました。自動車の排気ガス成分NOxと似た物が、私たちの体の中で働いていたわけで、驚きです。なお、このメカニズムを発見した人は、もちろん、ノーベル賞をもらいました。

ところで、薬のターゲットとなる分子(受容体や酵素など)は、病気の部位だけにあるわけではありません。私たちの体に、広く分布しています。そのため、服用した薬が目的の臓器以外のターゲットに作用してしまいますと、それが望ましくない作用の場合は、副作用となって現れてきます。たとえば、先に述べたαアドレナリン受容体は、前立腺だけでなく血管にもたくさん分布しています。したがって、血管のαアドレナリン受容体が先の薬で遮断されますと、低血圧といった副作用を引き起こします。ニトログリセリンも心臓以外の血管のグアニレートシクラーゼに作用します。そうすると、脳血管が弛緩した場合は頭痛が、顔の血管が弛緩した場合は発赤などが起こります。こういったことから、薬の副作用を減らすには、病気の臓器にのみ薬を特異的に効かせて、できるだけ他の臓器に効かないようにすればいいと考えられます。たしかにその通りで、いろいろな工夫がなされています。しかし、これは、なかなか難しいことはありです。

薬をどのように効かせるか?

 いくら標的分子(ターゲット)に強く作用する薬を作っても、必要な時に有効に効かなければ、意味がありません。薬がどのように吸収(Absorption)され、分布(Distribution)し、代謝(Metabolism)され、排泄(Excretion)されるのか、薬の動態を知っておくことは、薬を服用する上で大切なことです。なお、これら4つの言葉の頭文字をとって、薬物動態の用語としてADME(アドメ)という言葉がよく使われています。

早く薬を効かせるには、注射が一番です。なぜなら、吸収される時間や吸収効率を考えなくてもよいからです。インスリンは、呑むと胃で分解されることもあり、糖尿病の人の食後血糖値を下げる目的で皮下注射されます。しかし、注射は一般に手間がかかること、感染などの心配もしなくてはいけないこともあり、多くの薬は、食前・食間・食後などに口から服用されます(これを経口投与といいます)。ところで、先に述べたニトログリセリンは、呑むと胃腸管でよく吸収されますが、吸収後に肝臓を通過するため100%分解されてしまいます。このため、ニトログリセリンは経口投与では無効です。そこで、吸収が早く、肝臓を通らなくてすむ舌下錠が、狭心症の発作時に用いられています。この場合、口の中で溶けたニトログリセリンは、口腔粘膜から吸収され、静脈を通って直接心臓そして血管に到達します。ニトログリセリンは、呑み込んではいけません。最近では、朝方多発する心筋梗塞に対応するために、夜寝る前に貼る貼付剤(ニトログリセリンテープなど)も開発されています。この場合、ニトログリセリンは、ゆっくりと経皮的に吸収され、目的の時間帯に効力を発揮するのです。

薬の効き方には、個人差があるとよくいわれます。最近の研究で、この原因のひとつに遺伝子が関係していることがわかってきました。よくある例として、日本人は、白人に比べてお酒に弱いといわれていますが、これはアルコールを分解する酵素が日本人の44%で欠損しているからです。白人は、この酵素をほぼ全員持っていますので、昼間からワインを飲んでも大丈夫なのです。

胃・十二指腸潰瘍に、ピロリ菌が関係することがわかり、ピロリ外来が昨今大流行です。ピロリ菌の除菌には、2種類の抗菌薬と胃酸分泌を抑制するプロトンポンプ阻害薬が併用されます。プロトンポンプ阻害薬を使う理由は、胃内pHを上げて(胃の酸性を弱くして)抗菌薬の安定性を高め、殺菌作用を持続させるためです。しかし、日本人の2割の人はこのプロトンポンプ阻害薬を代謝する酵素を持っていません。その結果、この薬を服用すると血中濃度が著しく高くなり、下痢などの副作用を起こしてしまいます。しかし、その代わり、酵素を持っている人とくらべると、胃酸分泌は強く抑制されますので、除菌率は高くなります。なお、このピロリ除菌療法は、原因療法といえます。

薬の血中濃度が高くなる原因として、腎臓機能の低下があります。多くの薬は、腎臓から排泄されますから、腎不全の方やお年寄りの方は腎排泄型の薬を服用する時は注意が必要です。薬の効果は、服用する方法、時間、年齢、体調、併用薬、遺伝的要因などにより、大きく異なります。

最後に

 “くすりはリスクrisk”とよくいわれます。安全な薬はありませんが、薬がないとまた大変なことになります。私たちは、薬の良いところだけでなく、危険なところも知って、上手に付き合っていきたいものです。そのためには、医師、薬剤師によく相談して薬についての知識を身につけること、他の薬との相互作用による危険を減らすためになるべく同じ薬局で処方してもらうこと、あまりテレビや新聞などのコマーシャルの影響を受けないことなど、過度な情報・ストレスに注意して、健康な生活を送りたいものです。

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