くすりの使い方と薬理遺伝学
帝京平成大学薬学部臨床薬理学・薬学 石崎高志
薬物は経口投与された後に吸収(absorption、A)、全身分布(distribution、D)、肝代謝(metabolism、M)および腎排泄(elimination、E)の過程を受け、血液中薬物濃度はこの4っつの薬物動態要因(ADME)によって規定されることになる。
さらに血液中に浮遊する薬物は作用部位に局在する受容体と結合して細胞内伝達過程を経て薬効を発揮する。この過程は薬力学要因と定義されている。
最近の遺伝薬理学研究知見は“くすりの効くヒト、くすりの効かないヒト、または 副作用を発現するヒト”の個人差は上記した薬物動態や薬力学要因の個人差に由来するとのいくつかの立証を提供している。
例えば 1)薬物輸送・排泄蛋白(トランスポーター)の遺伝的多型は薬物吸収、胆汁内および腎排泄の個人差に関与する; 2)イオンチャネルやβ受容体の遺伝的多型はいくつかの抗不整脈薬の不整脈誘起性や喘息患者の気管支拡張作用の個人差に関与する;および 3)肝薬物代謝酵素の遺伝的多型は活性の高いホモ型(homozygous extensive metabolizer、homEM)、活性が中間型であるヘテロ型(heterozygous extensive metabolizer、hetEM)、および 活性が極めて低いか欠損している個体(poor metabolizer、PM)に分類され、これらの薬理遺伝多型により“くすりの効くヒト、効かないヒトまたは副作用を発現するヒト”がいくつかの薬物で知られるようになった。
本講演では上記した薬物療法に関与する個人差を 3)の肝薬物代謝酵素の観点から述べる。その最大の根拠は薬物治療による個人間反応差に関する知見の多くは肝薬物代謝酵素活性の個人間格差から得られて来たからである。
以前から知られているアルコール代謝酵素(alcohol dehydrogenase)やアルデヒド代謝酵素(aldehyde dehydrogenase)の活性個人差は“
酒に強いヒト、ほどほどに飲めるヒト、全々飲めないヒト”や“二日酔いにならないヒト、なるヒト” などの個人差に関与するとされている。そしてこの2つの酵素活性は遺伝的に規定されている。
飲酒のケースでは個人的体験から自らのフェノタイプ(phenotype、酒に強いとか、弱いとかの表現型)を知っているので自己規制が作動するが、臨床家が処方する常用量薬物投与による“効くヒト、効かないヒトまたは副作用を発現するヒト”のフェノタイプは現在の医療の下では起こってから認定されている。この事を薬物投与前に薬理遺伝(genotype、
くすりに強いか、弱いか、との遺伝子多型)要因を調べて、それに見合った薬物投与の個別化(tailor-made therapy, テイラーメイド治療)が最近提起されている。
この分野の進歩を例示する一つとして演者は浜松医科大学第一内科消化器グループとのチトクロームP450(CYP)2C19(CYP2C19)薬理遺伝多型とヘリコバクターピロリ(Helicobacter pylori)除菌療法の結果を提示して、将来の遺伝子多型に基ずく個別化テイラーメイド薬物療法への応用について私見を述べたい。
また講演時間が許されれば、日本を含む先進国で過去10年間に使用量が急速に増加している、いわゆる、漢方薬(herbal medicines)または 補完/代替薬(supplemental/alternative medicines)の副作用・相互作用と遺伝子多型について言及してみたい。
主な参考文献
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