本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。
tPAの血栓溶解作用と神経綱胞への影響 |
tussue-type plasminogen activator (tPA)は主に血管内皮細胞で合成される分泌型セリンブロテアーゼで,ブラスミノゲンを限定分解しブラスミンに活性化する. ブラスミンは凝固血液中のフィブリンを分解する血栓溶解反応(線溶反応)を担うとともに,細胞外マトリックスの分解を介して細胞の移動・浸潤,組織の再構築などに寄与している. 血液中の線溶活性は主にtPAとその生理的阻害タンパク質であるplasminogen activator inhibitor type-1 (PAI-1)とのバランスにより決定ざれている(浦野哲盟:血液と循環9, 7-14, 1995). 臨床的にはヒトリコンビナントtPAおよびそのmutantが血栓溶解剤として心筋梗塞・脳梗塞などの血栓症の治療に用いられている. tPAはフィブリンヘの親和性が高いため, 他の血栓溶解剤であるrokinase-type plasminogen activatorやstreptokinaseに比ベブラスミン活性化が血栓表面に選択的である(浦野哲盟:病態生理3, 673-679, 1994). 従って,循環血液中でのブラスミノゲン活性化に伴うフィブリノゲン分解が起こり難く, 副作用である出血傾向の上昇が少ないとざれる. それでも投与による出血傾向の上昇は避けられず, 現在米国で認められている脳梗塞への使用は梗塞発症後3時間以内に限定ざれている. すなわちtPAの投与により血流が3時間以内に回復すれば脳組織障害が抑制されるが, それ以降であれば頭蓋内出血が亢進し死亡率が上昇する(Kwiatjowski TG et al: N Engl J Med 340, 1781-1787, 1999). tPAは中枢神経系においては神経細胞・グリア細胞で発現が認められ,記憶の形成・シナプス可塑性に寄与している. 長期増強(シナブス可塑性のモデルの1つ)のうち数時問以上続く成分は, 神経細胞に発現しているLDL receptor related protein (LRP)にtPAがリガンドとして結合して形成されるZhuo M et al: J Neurosci 20, 542-549, 2000). これはtPAが神経伝達のmodulatorとして機能している事を示し, tPAがプロテアーゼ活性以外の作用で機能する初めての例である. さらに, tPA遺伝子破壊マウスでは正常マウスに比べて学習能力が劣っている(筆者ら,未発表データ).一方,tPAが神経細胞障害へ直接関与するとも報告されている.その一つは興奮毒性におけるtPAの寄与である.興奮毒性はグルタミン酸による神経細胞毒性であり,虚血性神経細胞死の主要な反応の一つと考えられている.グルタミン酸の刺激により,tPAがグリア細胞あるいは神経細胞から分泌され,ブラスミンの活性化を介して細胞外マトリックスタンパク質であるlamininの分解を引き起こす(Tsirka SE et al: Nature 377, 340-344, 1995; Chen ZL and Strickland S: Cell 91, 917-925, 1997). lamininが神経細胞の生存に必須なため,この一連の反応により神経細胞が死に至るとざれている. もう一つは亜鉛の神経毒性における寄与で,こちらはtPAがブロテアーゼ活性非依存的に亜鉛毒性を抑制するとの報告である(Kim YH et al: Science 284, 647-650, 1999). 亜鉛による細胞毒性は全脳虚血時や痙攣発作に伴なう神経細胞死に関わるとざれる.さらに,筆者らは中大脳動脈永久閉塞モデルを用いた研究によりtPAがブラスミン活性.化を介ざない未知のメカニズムで脳梗塞形成を促進する可能性を認めている(Nagai et al: Circulation 99, 2440-2444, 1999). これらの知見は,神経細胞に対してtPAが多様な作用を持つこと示唆するとともに,血栓溶解作用以外の作用で脳梗塞の形成に寄与する可能性を示している. tPAの持つ亜鉛毒性の抑制能や脳梗塞形成の促進能はブロテアーゼ活性に依存しない機能と考えられる.これは血栓溶解活性を維持したまま亜鉛毒性抑制能を強化あるいは脳梗塞形成促進能を抑制したmutanttPAが開発できる可能性を意味する.現在のところ,これらの機能を担う活性部位は明らかではなく,今後のtPAの構造と機能の関係の解明が課題である.また,これらのtPAの作用が脳梗塞の形成あるいは他の神経変性疾息にどの程度寄与しているかも不明であり, 今後の研究の進展が期待される. |
永井信夫,
Center for Molecular and Vascular Biology, |
キーワード:脳梗塞, 神経細胞毒性, シナプス可塑性 |