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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)
:カンナビノイド受容体の内在性リガンド

 マリファナ(大麻)を摂取すると,時間感覚・空間感覚の混乱,多幸感,記憶の障害,痛覚の低下,幻覚など多彩な精神神経反応がみられることはよく知られている.マリファナの作用の多くは△9.テトラヒドロカンナビノール(△9-THC)を初めとするカンナビノイドと総称ざれる化合物によるものである.△9-THCなどのカンナビノイドは,オビオイドなどの場合と同様に,特異的な受容体(カンナビノイド受容体)を介して作用していると考えられている.

カンナビノイド受容体としては,7回膜貫通,Gタンパク質(Gi/Go)共役型の受容体であるCB1受容体とCB2受容体の2つがこれまでに同定・遺伝子クローニングされている.ヒトの場合,CB1受容体は472個のアミノ酸から,CB2受容体は360個のアミノ酸から構成されており,両者の間には44%のホモロジーがある.CB1受容体は脳などで多量に発現しており,神経伝達の抑制的制御に関与していると考えられている.一方,CB2受容体は脾臓や扁桃腺など,免疫系の臓器や細胞に多く発現しており,炎症反応や免疫応答の調節に何らかの関与をしていると考えられている.受容体が存在することが明らかになったことで,内在性のリガンドの検索が行われ,まず,Devanceらによってアラキドン酸とエタノールアミンが酸アミド結合した物質,N-アラキドノイルエタノールアミン(アナンダミド)がその候補物質としてブタの脳から取り出された(Science 258,1946-1949,1992).

一方,筆者らのグルーブは,ラットの脳からモノアシルグリセロールの一種である2・アラキドノイルグリセロール(2-AG)を取り出し,これがもう一つの内在性カンナビノイド受容体リガンドであるということを示した(Biochem Biophys Res Commun 215,89-97,1995).ほぼ同時期にMechoulamらもイヌの腸から第二の内在性カンナビノイド受容体リガンドとして2-AGを同定しているBiochem Pharmacol 50,83-90,1995).2-AGのカンナビノイド受容体への結合能は,アナンダミドのそれに比べるとやや弱いが,アゴニストとしての活性はむしろ強い.筆者らは2-AGや各種カンナビノイドがCB1受容体を発現しているNG108-15細胞や,CB2受容体を発現しているHL-60細胞の細胞内カルシウムイオン濃度を,カンナビノイド受容体を介して速やかに一過性に上昇させることを見出した.

注目すべきことに,2-AGは完全作動薬として作用するが,アナンダミドは弱い部分作動薬として作用する.この系を使って構造活性相関を詳しく調べた実験の結果などから,筆者らはカンナビノイド受容体CB1,CB2)の本来の生理的なリガンドは,アナンダミドなどではなく,2・AGである可能性が高いと考えている(J Biol Chem 274,2794-2801,1999; J Biol Chem 275,605-612,2000).2・AGと異なり,アナンダミドは正常な組織には実は殆ど存在していない.また,効率的・含理的な生成ルートも見つかっていない.アナンダミドはこれまで長い間注目を集めてきた物質であるが,この物質の生理的な意義については少し見直す必要がありそうである.一方,マリファナの清性成分である△9-THCであるが,この物質もアナンダミドと同様,実はカンナビノイド受容体(CB1,CB2)の部分作動薬であることが判明した.従って,その多彩な作用の一部は,カンナビノイド受容体や生理的なリガンドである2・AGの作用を撹乱することによるものである可能性がある.

 2・AGは,イノシトールリン脂質代謝亢進などの際に生成するアラキドン酸含有のジアシルグリセロールが,ジアシルグリセロールリパーゼによって分解されることにより生成する.2・AGの生成ルートとしては,このほか,ホスホリパーゼA1の作用により生成したアラキドン酸含有の2・アシル型のリゾリン脂質が,ホスホリパーゼCによって分解されて生成するルートなどもある.どのようなルートで生成するにしても,イノシトールリン脂質などのリン脂質の2位にはアラキドン酸が多量に含まれているため,2・AGは生成しやすい状況になっている.実際,2・AGは神経系の細胞をカルシウムイオノフォアなどで刺激したり,潅馬のスライスを電気刺激したりすると速やかに生成する. 2・AGは前述したとおり,未分化のNQ108-15細胞やHL-60細胞の細胞内カルシウムイオン濃度の速やかな一過的な上昇を引き起こすほか,カンナビノイド受容体を発現させた細胞のアデニル酸シクラーゼを阻害し,細胞内サイクリックAMPレベルを低下させる.また、2・AGは分化したNG108-15細胞の脱分極に伴う細胞内カルシウムイオン濃度の上昇や,ラット海馬スライスにおける長期増強(LTP)を抑制する.

 2-AGは情報伝達に伴って起こるイノシトールリン脂質などのリン脂質代謝亢進と,カンナビノイド受容体の機能を結びつけるという点で注目すべきものである.カンナビマイド受容体は主として前シナプスに発現していて神経伝達を抑制的に制御していると考えられるので,神経情報伝達に伴って2-AGが生成すると、ネガティブフィードバック成立し,一旦,起こった神経の興奮にブレーキがかかることになる,このような機構はは神経の過剰な興奮を防ぐ上で有用であろう.

 2-AGがカンナビノイド受容体の内在性リガンドであるととが明らかにされてからすでに5年が経過しているが,最初に登場したアナンダミドの陰になり.2-AGが注目を集めることはこれまで殆どなかったと言って良い.2-AGの生理的意義・役割の全貌の解明は,今後の研究にまつところが大きい.

帝京大学・薬・衛生化学 杉浦隆之 
e-mail: sugiurat@pharm.teikyo-u.ac.jp
キーワード: 2-アラキドノイルグリセロール,カンナビノイド,
アナンダミド
 

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