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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

ダイオキシン受容体
:基礎医学と環墳問題との接点

 ダイオキシンは第二次世界大戦後,人類の化学活動(ハロゲン化芳香族工業生産)の発展に伴って生産ざれ,現在では公害物質・環境汚染物質・環境ホルモンの一種として注目ざれている.農薬の不純物,塩素漂白物,ゴミ焼却物などに含まれるものや,合成試薬としてのダイオキシン類は400種余りあるが,その中で生体毒性をもつのは約30種である.

加藤隆一(本会名誉会員)・鎌滝哲也(同学術評議員)らが精力的に研究ざれてきた薬物代謝酵素P450を誘導するメカニズムが,主に生体異物という観点から検討ざれた.P450を誘導する効カは,2,3,7,8-TCDD・TCDDがbenzo[a]pyreneの30000倍も強いことが,1973年に報告ざれ,これがダイオキシン受容体研究を加速するきっかけとなったようである.その結果,ダイオキシンを結合する細胞質タンパク質が同定され,これをダイオキシン受容体,またはromatic(aryl)hydrocarbon受容体(Ah受容体)と称する.ダイオキシン受容体は約800のアミノ酸からなり,basic helix-loop-helix (bHLH)とPASモチーフなどを持ち,他のタンパク質やDNAと会合することができる.

一方,薬効評価などからダイオキシン感受性に細胞株差,臓器差,さらには,同じ動物の中でも系統差があることが示ざれ,その原因を分子生物学的に調べることにより,ダイオキシンのP450誘導には,もう一つの核内因子,Arnt(Ah receptor muclear translocator)が必要であることが示ざれた.Arntはダイオキシン受容体と類似の構造を持ち,分子系統的には進化の初期から存在し,細胞種を超えて共通な分子である.このようにダイオキシン受容体を介する情報伝達の実体が解明されるにつれて,この系は,細胞周期,アポトーシス,発生分化、低酸素や酸化ストレス応答などの系と類似または共通していることが示され,生体異物代謝だけではなく,細胞機能に必須の役割を果たしていることが明らかになりつつある.そして、ダイオキシン類の生物毒性は,受容体に対する異常に強い親和力のために,通常の情報伝達系が撹乱されることにより引き起こされるという概念が定着しつつあるように思われる.

 ダイオキシンのP4501A1(CYP1A1)誘導に関する情報伝達の流れは以下のようである.細胞質でダイオキシン受容体は熱ショックタンパク質(Hsp90)および37-38kDaタンパク質と会合複合体として存在する.ダイオキシンと結合した受容体は解離し,分子内に存在する核内移行シグナルにより細胞質から核内に移行する.移行した受容体は,Arntと会合し,ヘテロダイマーを形成する.このヘテロダイマーがCyp1A1遺伝子の上流にあるエンハンサ一のXRE (xenobitic responsive element)と結合し,局所的なヌクレオソーム構造を消失ざせ,ブロモーター領域にp300などの複数の転写因子を結合ざせ,Cyp1A1の転写活性を上昇ざせる.これにより,対応するmRNAが発現され,p4501A1が小胞体やミトコンドリアに発現ざれ,そのモノオキシゲナーゼ活性でダイオキシンは代謝ざれる.

 ダイオキシン受容体の特徴はそれが結合するリガンド(基質)によって,活性化する遣伝子とそれに伴って発現する酵素の種類が異なることである.このような情報伝達経路は「リガンド依存性遺伝子発現」と称ざれている.現時点では少なくとも6種類のリガンドに対応する遣伝子が知られている.TCDDを含むpolycyclic hydrocarbonはCyp1a1,arylamineはCyp1a2,quinonesはNqo1,aldehydesはAldh3a1,p-nitrophenolやmethykumbelliferoneはUgt1a6,そして1-chloro-2,4-dinitrobenzeneはGsta1遺伝子をそれぞれ活性化させる.これらリガンドと結含・したダイオキシン受容体が活性化する複数の遣伝子は[Ah]バッテリー遣伝子と称され,この仕組みは何憶年も以前に獲得ざれたと考えられている.リガンドの化学構造変化を感知し,それに対処する方法が細胞質一遣伝子レベルで実現されていることに驚くと共に,この仕組みは,一方で,生物の形態や機能の多様性を実現するメカニズムの一つになっているようにも考えられる.

 ざて,リガンドによってダイオキシン受容体が異なった遺伝子を活性化できるということは,マウス培養肝細胞において想定ざれているように,それぞれの活性化経路の間で何らかのクロストークが有り得ることを示唆する.もう一つのクロストークは,リガンドを結合したダイオキシン受容体とその他の分子がArntを奪い合う場合である.低酸素によって誘導されるhypoxia-inducible factor 1αがこの例で,低酸素ではダイオキシン受容体の効力は弱くなり,P4501A1の発現は抑制される.P450は酸化酵素として働くので,低酸素がこれと拮抗するのは合目的である.Arntと2量体を競合し合うというモデルは,発生や細胞周期などの時系列に依存したシグナルに対応して,遺伝子の転写活性が変化することを説明できると考えられる.

 ダイオキシン受容体のノックアウトマウスが作成されている.ノックアウトマウスではダイオキシン投与による催奇形性は明らかに減少するので,ダイオキシンの催奇形性はこの受容体を介する情報伝達系が関与していると考えられる.さらに、ノックアウトマウスを用いて胎生期の発達を解析してみると,ダイオキシン受容体の経時的および量的な発現差が臓器によって認められ,この受容体は発生学的な何らかのシグナルを感知することができるように思われる.

 ダイオキシン受容体は分子内のbHLH構造により,タンパク質一タンパク質相互作用を介して,遺伝子発現一酵素誘導を引き起こし,細胞内の酸化ポテンシャルを増加させる.さらに,この系を介するクロストークにより,酸化ポテンシャルが調節され,細胞の各種の機能に関与することが考えられ,各種臓器での広範な研究が展開ざれることが予想ざれる.生体内の内因性のリガンドがモルヒネの例のように存在するのか,また,存在しなければどのような物理化学的応答のメカニズムが存在するのかなど,これからの研究課題が山積みとなっていて,環境問題からのアプローチが基礎医学の展開に大きく貢献しそうである

・ 三村純正・藤井義明:ダイオキシン受容体の転写制御機構.蛋白質核酸酵素5, 1526-1533(2000)

・ Whitlock JP Jr: Induction of cytochrome P4501A1. Ann Rev Pharmacol Toxicol 39, 103-125 (1999)

・ Nebert DW, Roe AL, Dieter MZ,Solis WA, Yang Y and Dalton TP: Role of the aromatic hydrocarbon receptor and[Ah] gene battery in the oxidative stress response, cell cycle contro1, and apoptosis, Biochem Pharmaco1 59, 65-85(2000)

三菱化学生命科学研究所 石田行知,山国徹,
e-mai1:yishida@libra.ls,m-kagaku.co.jp
キーワード:ダイオキシン受容体,リガンド依存性遺伝子発現,
タンパク質相互作用

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