本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。
転写因子NFkBの心血管病変における役割 :NFkBは創薬のターゲットか? |
心筋梗塞や動脈硬化は,病変部位でのサイトカイン(インターロイキン1,6,8など)や接着因子(VCAM, ICAM, ELANなど)の発現亢進により,炎症性疾息であるとする捉え方が最近主流となってきている.これらサイトカインや接着因子の発現調節は,主にNFkBと呼ぱれる転写因子によってかなりの部分が行われている. 従って,転写因子NFkBをターゲットとする創薬は,炎症性疾患一般の新規治療薬となる可能性がある.興味深いことに,古くから重要な薬効をもつステロイドやアスビリンもNFkB阻害薬であり,最近注目されている抗酸化剤もNFkB阻害作用を持つ.しかし,心血管病変におけるNFkBの役割は不明であった.我々は,デコイ型核酸医薬(以下デコイと略)を用いて,心血管病変におけるNFkBの役割を最近明らかにした.その結果,NFkBは心血管障害進展において,細胞死を調節することにより,多彩な病態を提示,していることが明らかになった. まず,我々は心筋梗塞モデルにおいてNFkB活性化が報告されていることに注目した.NFkBに対するデコイを左冠動脈閉塞によるラット再漕流障害モデルに投与し,梗塞サイズを検討した(1).NFkBデコイの冠動脈結紮前あるいは結紮後の投与によって,梗塞サイズは35%から25%に減少し,NFkBの虚血再濯流障害への関与が明らかになった(1). NFkB抑制による再漕流障害改善のメカニズムとして,NFkBデコイ投与による好中球の心筋梗塞部位への浸潤抑制が示され,血球系の関与が明らかになった.血球系の浸潤抑制は当初NFkB制御により発現亢進する接着因子の発現抑制によると考えていたが,再濯流直後のNFkBデコイ投与でも心筋梗塞抑制効呆が認められたことより,より時間経過の早いメカニズムが推定された.我々は,内皮細胞に対してTNF‐α,酸化LDL,リポポリサシカライドLPSなどのNFkB活性化亢進が知られそいる物質が細胞死を促進することに注目した. 即ち,虚血再潅流時の血球成分浸潤は,急性期には接着因子よりも血管系のバイオロジカル:バリアーである内皮の破綻によるのではないかと考えた.興味深いことに,ヒト内皮細胞を虚血にすると,NFkB活性化が認められ,細胞死とアポトーシスが誘導された.細胞死,特にアポトーシスは動脈硬化や血管拡張術後再狭窄を初めとする多くの血管疾患において,その役割は不明であるが観察されている.しかし,血管系を構成する各種細胞成分の中においてアポトーシスに対する感受性は大きく異なっており,平滑筋細胞はアポトーシスに対する感受性はあまり高くない. また,平滑筋細胞のアポトーシスは病因よりもむしろ代償的機構であると考えられ,アポトーシス促進がむしろ治療につながると考えられている.それに対し,血管内皮は極めて簡単にアポトーシスに陥り,生体でのバイオロジカルな防御機構の破綻を起こし,血管疾息のトリガーになっている.そこで,NFkBデコイ投与により虚血による内皮細胞死の分子機構を検討した.NFkBデコイ投与により,虚血による内皮細胞死およぴアポトーシス細胞は減少し,NFkB活性化が関与していることが明らかになった(2). また,虚血によりアポトーシス促進因子baxは変化しなかったが,抗アポトーシス因子bcl-2発現は減少した.NFkBデコイにより虚血によるbcl-2低下は抑制され,NFkBがbcl-2遺伝子発現を抑制していることが明らかになった.同様なNFkBを介した遣伝子発現抑制としてFas-LがTNF‐αにより発現低下し,内皮の作用を減弱させ,マクロファージやT細胞浸潤に関与していることが最近報告ざれ(3),共通の機構が存在する可能性は興味深い.また,NFkBはレドッグス(酸化・還元)制御を調節することも報告ざれている.酸化ストレスは生体に対する障害作用を有しており,内皮細胞においては酸化LDLが細胞死やアポトーシスを誘導することが知られている. NFkB活性化の上流には,酸化ストレスが関与する可能性が示されており,酸化ストレスによる内皮破綻にもNFkB関与が考えられる.では,血管壁のもう一つの構成成分である平滑筋細胞ではどうであろうか?NFkBの活性化は血管拡張術後再狭窄モデルであるバルーン障害モデルで明らかになっているので,本モデルにNFkBデコイの投与を行った.その結果,NFkBデコイの障害血管への投与は,1)接着因子ICAM/VCAMの発現低下,2)Tリンパ球およびマクロファージの血管壁への浸潤抑制,3)がん抑制遺伝子p53の発現増加を介したアポトーシス誘導,4)新生内膜(再狭窄)の抑制,を引き起こすことが明らかになった. これらのことは,同じ血管系において内皮と平滑筋細胞がNFkB活性化により死と増殖という相反する反応が誘導されることを示しており、NFkB抑制による動脈硬化治療への可能性を示している.以上,示したように,NFkBによるアポトーシス誘導に関して,心血管系という限られた生体系の中でも全く正反対の作用をしていることが明らかになった.まさに,生体のダイナミズムが一つの転写因子で合目的に調節されている一例であり,今後更にその分子機構が明らかにされることにより,NFkBをターゲットとした創薬が望まれる.我々は,NFkBデコイによる核酸医薬を再狭窄予防薬として現在開発を進めている. 文献 1) Morishita R et al: In vivo transfection of cis element 'decoy' against NFkB binding site prevenied myocardial infarction as gene therapy. Nat Med 3, 894-899 (1997) 2) Matsushita H, Morishita R, Nata T, Aoki M, Nakagami H, Taniyama Y, Yamamoto K, Higaki J, Kaneda Y and Ogihara T: Hypoxia induced endothelial apoptosis through NFkB-mediated bcl-2 suppression: in vivo evidence of importance of NFkB in endothelial cell regulation. Circ Res (in press) 3) Sata M and Walsh K: TNFalpha regulation of Fas ligand expression on the vascular endothelium modulates leukocyte extravasation. Nat Med 4, 415-420 (1998) |
大阪大・院・医・遺伝子治療・森下竜一 e-mail: morishit@geriat.med.osaka-u.ac.jp |
キーワード:デコイ,NFkB |