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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

ポリフェノール

 フラボノイドは,主として植物の葉,茎,果実,種子などに含まれる成分であり,化学的には酸素複素環化合物に分類される物質である.また,この化含物は,カロテノイドと共に植物性色素の一大化合物群でもある.フラボノイに分類される化合物の中でも,カテキン類やアントシアニン類などは,フェノール性水酸基を多く持つためポリフェノールとも総称されている.

ヒトが日常摂取する食品の中にも多くのフラボノイドが含まれており,1日当たり数十から数百ミリグラムを摂取していると見積もられている(Lancet 342,1007-1011,1993)こともあり,従来からその潜在的な生理活性に興味が持たれていた.現在,フラボノイドには抗酸化作用を初め,ホスホリパーゼ,リポキシゲナーゼ,シクロオキシゲナーゼなどの酵素の阻害作用,癌細胞の増殖抑制作用,免疫調節作用,アポトーシスの誘発と正常細胞への分化誘導作用,静菌・殺菌作用など多種多様な生理活性が報告されているが,その活性が穏和なこともあり,本格的な薬理学研究の対象にはなりにくかった.

しかし,近年,"フレンチ・パラドックス"や"ジヤパニーズ・パラドックス"の語句とともに,これら物質の薬理作用が一躍注目されるようになってきた."フレンチ・パラドックス"とは,フランスでは他の欧米諸国と同様に高い脂肪摂取量が認められるにもかかわらず,これら諸国と比較して心臓病による死亡率が著しく低いのはなぜかという疑間を意味している.この説明に,古くからフランス人が好んで多飲する赤ワインの関与が取り上げられてきたが,その詳細については不明な点も多かった.

近年,ワインの原料であるブドウの成分分析から,果皮や種子には,カテキン,エビカテキン,レスベラトロール,ブロアントシアニジンなどの抗酸化作用を示すポリフェノールが豊富に含まれていることが明らかにざれた.また,赤ワインやそのポリフェノール成分であるケルセチンやカテキンが(LDL低比重リポタンパク)の酸化を防ぎ,アポリポタンパクE-欠損マウスやヒトにおけるアテローム性動脈硬化の進行を抑制することが報告された(Arterioscler Thromb Vasc Biol 17,2744-2752,1997).

さらに,ワイン,特に赤ワインの高い消費が冠動脈性心臓病の発症率やこの疾患による死亡率を減少すること,ポリフェノール成分であるレスベラトロールやプロアントシアニジンの抗酸化作用が重要な役割を果たすことが明らかにされた。(Drug Exp Clin Res 25, 115-120,1999).このような多くの学術的研究や疫学的調査の結果から,現在では、"フレンチ・パラドックス"は,赤ワインのポリフェノール成分が酸化変性LDLの生成を防ぎ、動脈硬化を防止し,心臓病の発症要因を軽減するためであると説明されている.また,日本では諸外国に比べて喫煙率が高いにもかかわらずなぜ心臓病による死亡が少ないのかという"ジャパニーズ・パラドックス"に対しては,日本では諸外国に比較して脂肪摂取量が少ないなどの多くの説明が可能であるが,抗酸化物質の点からカテキン類(エピガロカテキン-3-ガレート,エビガロカテキン,エビカテキン-3-ガレート,エビカテキン)などのポリフェノールを豊盲に含有する緑茶の役割が取り上げられているが,その詳細についてはさらなる検討が必要であると考える.

さらに,最近では赤ワインや緑茶のみならず,カカオ,紅茶,ウーロン茶,甘草,リンゴなどに含まれるポリフェノールも注目され,その薬理作用と有効成分の探索に関する研究が精力的に行われている(J Cell Biochem 22,169-180,1995; Am J Chn Nutr 66,267-275,1997; Nutr Rev 56,317-333,1998).特に,カカオには赤ワインの数倍ものポリフェノールが含有されていることもあり,カカオマスポリフェノールの薬理作用に関する報告が多くみられる.現在,カカオマスポリフェノールには,(-)-エビカテキン,(+)-カテキン,クロバミドなどフェノール性水酸基を複数持つポリフェノール類が含有されていることが明らかにされ,その薬理作用として抗酸化作用(JNutr Sci Vitamino1 44,313-321,1998),免疫調節作用(Cell Immunol 177,129-136,1997),胃潰瘍の予防作用(Biosci Biotechnol Biochem 62,1535-1538,1998),抗動脈硬化作用,抗スドレス作用,静菌・殺菌作用やペルオキシナイトレートの作用を抑制する(FEBS Lett 462,167-170,1999)などが報告されている.

最後に,日常の食生活の中からでた疑間に端を発して,有効な成分が同定され,さらにその薬理作用が明らかにされることは,極めて意義深いことと考える.今後,これらの研究成果が創薬研究に貢献することを期待したい.

(東京医科大・薬理・武田弘志)
e-mail: ht0417@Tokyo-med.ac.jp
キーワード:ポリフェノール,フレンチ・パラドックス,
抗酸化作用

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