本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。
癌増殖ならびに転移抑制薬の開発 |
既存の抗悪性腫瘍薬の作用機序は,基本的にいずれも腫瘍細胞に対して直接殺癌細胞効果(cytotoxic effect)として働くものばかりである.しかし,近年,催奇形性が間題となって睡眠薬としての治療薬から姿を消したサリドマイド(thalidomide)が,その催奇形性の原因追及から全く新しい概念のもとに腫瘍に対する抗腫瘍効果が浮かび上がってきた. 1998年米国FDAのハンセン病への制限付き認可が契機となり,現在カポジ肉腫を初め他の多くの抗悪性腫瘍効果が検討されている.しかし,期待が先行し,2000年5月5日FDAは未承認でのサリドマイド不正使用に警告を出した程である.この新しい考え方の特徴は薬効標的を癌細胞にするのでなく血管新生(angiogenesis)を阻害することにある.すなわち,血管内皮細胞に対する細胞分裂抑制作用(cytostatic effect)により血管新生が抑制され,痛細胞増殖に必要な酸素や栄養供給を遮断し,癌細胞の発達を防ぎ,また転移を抑制するものである. したがって,殺細胞効果を有しないため抗癌剤特有の種々の重篤な副作用も持ち合わせず,また耐性も生じないため理想的な薬物と期待されている.血管新生は,成長したヒトでは,創傷治癒,性周期や癌細胞,リウマチ,虚血など一部の病的状態を除いては通常起らないように調節ざれている.その調節は正と負の調節因子によって行われ,プロテアーゼ活性,血管内皮の活性,線維芽細胞の活性,免疫応答やCXCケモカイン謝節などが複雑に絡んでいる. 一例を上げると,プロテアーゼ活性調節は線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor, FBF)として,新生を促進するmatrix metalloproteinase (MMP)やそれを抑制するtissue inhibitor of MMP (TlMP)があり,腫瘍細胞では正のMMPが増える.その他,新生促進因子としてはvascular endothelial growth factor (VEGF),thymidine phosphory1ase (TP),urokinase-type plasminogen activator (mPA), BLR+CXCケモカイン,アンジオポイエチン,インターロイキン-8,エリスロポイエチンなどがあり,負の調節因子としては,アンジオスタチン(angiostatin),エンドスタチン(endostatin),TGF-βs,maspin,ELR-CXCケモカインやインターロイキン-1,-12,-10などがある. 抗腫瘍薬として負の調節因子を促進するものと正の促進因子を阻害するものがターゲットとなり,現在治療進行中の血管新生抑制薬は18種類ある.MMPを阻害するものは,Marimastat (British Biotech社,米国,非小細胞肺癌,小細胞肺癌,乳癌,前立腺癌,食道癌に対してPhase III),AG3340(Agouron社,米国,非小細胞肺・癌,ホルモン抵抗性前立腺癌に対しPhase.III,神経勝芽細胞腫に対しPhase II),COL-3 (Collagenex社,米国,各種固形癌に対しPhase I),Neovastat (Aeterna社,カナダ,非小細胞肺癌などに対しPhase III),BMS-275291 (Bristo1-Myers社,米国,Phase I)があり, 内皮細胞を直接抑制するものとしては,TNP-470 (TAP Phafmaceuticals社,米国,成人の固形進行癌に対しPhase II,リンパ腫ならびに急性白血病に対しPhase I: fumagillin類似合成物質で内皮細胞成長抑制作用を有する),サリドマイド(Celgene社,米国,カポジ肉腫や各種癌,特に骨髄腫に対しPhase II,非小細胞肺癌ならぴに非転移前立腺癌に対しPhase III: 作用機序不明),squalamine (Magainin Pharmaceuticals社,米国,小細胞肺癌,卵巣癌に対しPhase I,各種進行癌に対しPhase I:ツノザメ肝臓からの抽出物でNa-H交換NHE3を抑制),combretastatin A-4 Prodmg(Oxigene社,米国,固形癌に対しPhase II,エンドスタチン (Entre Med社,固形癌に対しPhase II), 血管新生活性因子を抑制するものは,SU5416 (Sugen社,米国,カポジ肉腫,神経膠腫,各種進行癌に対しPhase II,von-Hippe1Lindau病に対しPhase II,転移結腸直腸癌に対しPhase III: :VEGF受容体シグナリングの抑制),SU6668 (Stgen社,米国,各種進行癌に対しPhase I: VEGF,FGFならびにPDGF受容体シグナリングの抑制),インターフェロンα(PhaseII/III: bFGFならびにVEGF産生抑制),anti-VEGFantibody (National Cancer lnstitute,米国,耐性固形癌に対しPhase I,転移腎細胞癌に対しPhase lI), 内皮細胞特異的integrinを抑制するものは,EMD121974 (Merk KCgaA社,ドイツ,進行あるいは転移癌に対しPhase I:内皮細胞表面に発現するintegrinの抑制薬),その他の作用機構あるいは機序不明のものは,CAI(National Cancer lnstitute,米国,固形癌のコンビネーション治療に対しPhase I,卵巣癌ならびに進行腎細胞癌に対しPhase II: Ca2+流入抑制),インターロイキン-12 (Cenetics Institute,米国,カポジ肉腫に対しPhase I/II,IM862 (Cytran社,米国,卵巣癌に対しPhase I,カポジ肉腫に対しPhase III: 機序不明)などである. 近い将来,描と共存しながらQOLを高める新しい機序の薬物が登場するかもしれない. (内容の主な部分は、http://cancertrials.nci.nih.gov/news/angio/table.htmlの06/21/2000付けを資料とした) |
福岡大・薬理・医薬品情報 小野信文
e-mail: ononob@fukuoka-u.ac.jp |
キーワード:血管新生阻害,転移抑制薬,内皮細胞 |