本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。
抗ヒスタミン薬のKチャネルブロツク作用 |
鎮静作用のない長時間作用型ヒスタミンH1受容体拮抗薬であるterfenadine, astemizoleあるいはloratadineの臨床使用により心電図上でQT間隔延長と多源性心室性不整脈(torsadedepohes),さらには心臓性の突然死にいたることが報告された.遅延整流性Kチャネルの急速活性化過程(IKr)をブロックすることが原因である(1, 2).上気道感染,アレルギー,蕁麻疹の症状の改善を目的に使用されているヒスタミンH1受容体拮抗薬は多様な化学構造を有する化合物の集団である. したがって,初期の抗ヒスタミン薬には抗コリン作用や鎮静作用などの副作用が使用上の問題となった.そこで長時間作用型で鎮静作用のない抗ヒスタミン薬が開発された.この薬物は副作用が少なく初期の抗ヒスタミン薬より安全であるとされ,いくつかの薬剤は医師の処方箋なしに入手可能である.しかしながら,terenadineとastemizoleの臨床使用に際し心電図上でQT間隔延長,心室性不整脈,ざらには心臓性の突然死にいたる症例が報告され(3),さらに最近,長時間作用型で鎮静作用のない抗ヒスタミン薬1oratadine,acrivastine,cetirizineによる不整脈と突然死が報告された(4).過剰投与のみならず,肝機能障害を起こしたり,抗ヒスタミン薬の代謝を阻止する薬物(phenothiazines,tricyclic antidepressants,etc.),あるいは再分極を遅延しQT間隔を延長する薬物(quinidine,disopyramide,etc)との併用療法が不整脈の原因となる. ではなぜ,抗ヒスタミン薬が心筋の活動電位持続時間を延長しQT間隔を延長するのであろうか?(1)Kイオンの外向き電流をブロックし,その結果再分極が遅延するメカニズムと(2)NaイオンやCaイオンの内向き電流を活性化し,その結果活動電位のプラトー層を延長するメカニズムの2つの可能性が考えられるが,現在のところ前者 が原因のようである(1).心筋にはさまざまな電位依存性Kチャネルが存在し,活動電位持続時間,ペースメーカ一活勤や,静止膜電位を調整している. 通常,心筋活動の再分極に関与する主なKイオン電流は,(1)早期の急速な再分極に関与する一過性の外向きK電流(Ikto),(2)超急速(IKur),急速(IKr),緩徐(Iks)の3種成分からなる遅延整流性Kチャネル,(3)終期の急速再分極と静止膜電位の維持に関与する内向き整流性K電流(Iki)の3種類である.このうち遅延整流性Kチャネル,なかでもIKrはtefenadineとastemizoleより,その他のKチャネルを抑制しない低い濃度でプロックされる.驚いたことに古いタイブの抗ヒスタミン薬であるchlorpheniramineやmepyramineのIKrブロック作用は弱く,事実この薬剤の臨床使用例ではQT間隔延長は報告されていない.IKrは膜電位が-50mVで急速に活性化し,positive potentialsで不活性化する内向き整流性の特徴を有する電流である.ヒト心筋IKrのαサブユニットはhuman ergrelated gene(HERG)としてエンコードざれており,この遣伝子をXenopus oocytesに発現させると心筋細胞で観察されるIKrが生じる. さらに先天性QT延長症候群の関連遣伝子がHERG遺伝子の存在する第7染色体に存在することが明らかとなった(5).そのようにHERGの機能不全や抑制が先天性や薬剤誘発性のQT延長症候群を発症させると考えられる.また,外液Kイオン濃度を低下した場合,抗ヒスタミン薬のK電流抑制効果は,IKrに対する抑制作用が他のK電流に対してもっとも大きい.このことよりIKr拮抗薬を使用されている症例においては低カリウム血症によりQT間隔が延長し,さらにはtorsade de pointesに移行すると考えられる.加えて,IKrブロッカーはreverse use dependencyを有する.このことは徐脈においてブロック作用がより著明となることを意味する.もちろん,抗ヒスタミン薬は心臓に存在するその他のイオンチャネル)Ikto,IKi,INa,ICa)もプロックする.というのは,周知の通り,初期の抗ヒスタミン薬はそのNaチャネル拮抗作用からリドカインやclass Iの抗不整脈薬にアレルギーのある症例に対して局所麻酔薬として使用されていた. しかしながら,その作用発現には,IKrをブロックする濃度よりもはるかに高い濃度(>1 mmol/l)が必要である.また,ヒト心房筋に存在するKチャネル(hKV1.5)も抗ヒスタミン薬はブロック作用を示し,このことは抗ヒスタミン薬の副作用としての上室性不整脈の機序を説明するものである(2).上述の不整脈誘発作用を回避するためには,まず抗ヒスタミン薬の過剰な使用を避けるとともに,肝疾患患者やチトクロムP-450酵素を抑制する薬剤を投与されている息者への使用は控えるべきである.さらに先天性QT延長症候群や二次的に再分極が遅延した状態,すなわち,低カリウム血症,徐脈,薬剤誘発QT延長を有する息者への使用も 避けるべきである.そういった素困を理解することにより抗ヒスタミン薬療法による致死的な副作用を避けることが可能である. 1) Crumb WJ,JR: Laratadine blockade of K channels in human heart:comparison with terfenadine under physiological conditions. JPET 292, 261-264 (2000) 2) Delpon E, Valenzuela C and Tamargo J: Blockade of cardiac potassium and other channels by anti-histamines. Drug Safety 21, 11-18 (1999) 3) Woosley RL: Cardiac actions of antihistamines. Ann Rev Pharmacol Toxicol 36, 233-Z52 (1996) 4) Lindquist M and Edwards I: Risks of non-sedating antihistamines. Lancet 349, 1322 (1997) 5) Sanguinetti. M, Jiang C, Curran Mn, et al: A mechahistio link between an inherited and an acquired cardiac arrhythmia: HERG encodes the IKr potassium chanpl. Cell 81, 299-307 (1995) |
広島大・医・薬理 松林 弘明
e-mail: hmatsuba@mcai.med.hiroshima-u.ac.jp |
キーワード:抗ヒスタミン薬、Kチャネルブロック作用 |