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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

不安症状発現とGABAA受容体/BD受容体
複合体機能変化

 一般に不安症状とは,心配,恐怖あるいは懸念といった精神緊張に伴い発症する不快な心理的状態を意味しているが,軽度な一過性の不安症状は誰もがよく経験する.しかし,不安を感じる時間およぴその程度が増大(すなわち交感神経系亢進作用の出現)するにつれて病的状態を呈するようになると,治療の必要性が生じてくる.不安症状を寛解もしくは除去する薬物療法については,従来よりbenzodiazepines (BDs)系薬物が汎用されてお り,臨床的に使用されている抗不安薬の大半を占めている.

このBDsの薬理作用は,γ-aminobutyric acid(GABA)A受容体と機能的に共役しているBD受容体に結合することにより発現することはよく知られているにも関わらず,脳内におけるGABAの代謝回転やGABAA受容体/BD受容体複合体の機能的変化が,不安症状の発現に対してどのように関与しているのかについては現在なお不明の点が多い.多様な病的不安状態に対するこれら神経伝達物質の脳内動態と,GABAA受容体/BD受容体複合体の詳細な機能変化を明らかにすることは,的確な治療を遂行する上でも重要と考える.

中枢神経系において主要な抑制性神経伝達物質受容体として知られているGABAA受容体は,クロライドイオンチャネル内蔵型の受容体であり,5個のサプユニットからなる5量体を形成している.これらサブユニットは現在までに17種類(α1-6,β1-4,γ1-3,δ,ε,π,θ)の存在が確認ざれており,GABAA受容体の多くは少なくとも各1個のα,βおよぴγサブユニットを有していると考えられている(Pharmacol Rev 50,291-313,1998).一方,BD受容体についても薬理学的に中枢型と末梢型に分類され,中枢型BD受容体はさらにIおよぴII型に細分される.IおよぴII型BD受容体は,中枢神経系における分布や分布密度の相違からこれらの受容体が異なる生理機能を有している可能性が推察されているが,その詳細については今なお不明な点が少なくない.

GABAA受容体のアロステリック調節に関与するジアゼパムに代表されるBD系薬剤によるBD受容体への高親和性結合活性の発現には,γ2サブユニットが必須であることに加え,α1サブユニット(I型BD受容体)もしくはα2,α3またはα5サブユニット(II型BD受容体)が必要とされている.また,γ2サブユニットにα4もしくはα6サブユニットを構成成分にすると,ジアゼパム等に対する結合清性は消失し,逆にRo15-4513に対する結合清性が認められることが知られている.最近の分子生物学的技術の導入により,各サブユニットの薬理学的特性についての詳細な検討が可能となった.I型BD受容体の発現に必須のGABAAへ受容体α1サブユニットの101番目のアミノ酸残基であるhishdineをarginineにpointmutationすることにより,α1サブユニット機能不全マウスの作製が可能となり(Nature 401,796-800,1999; Mol Pharmaco156,768-774,1999),BDsによる主要な薬理作用の1つである鎮静作用の発現に,GABAA受容体α1サプユニットが関与していることが明らかにされた(Nat Neurosci 3,587-592, 2000).

一方,II型BD受容体の構成成分のlつとされるα5サブユニットやBD受容体inverse agonistであるRo15-4513に対する結合活性に関与するα6サブユニットは,いずれもプロテインキナーゼCによるリン酸化部位を複数有していることが知られている.Hodgeらは中枢神経系に豊富に存在するε型プロテインキナーゼC(PKCε)の欠損マウスを用いて,GABAA受容体のアロステリック調節機構について検討したところ,PKCε活性の抑制はGABAA受容体の機能亢進を誘発し,不安症状の寛解や抗痙撃作用の発現を生じさせるが,鎮静作用の発現は認められないことを報告している(Nat Neurosci 2,997-1002,1999).したがって,BDによる多様な薬理作用のうち,I型BD受容体は主に鎮静作用の発現に,II型BD受容体は抗不安作用ならぴに抗痙撃作用の発現に一部関与している可能性が考えられる,中枢型BD受容体へのBDsの結合活性にはγ2サプユニットが必須であることから,Crestaniらはヒトの不安症状に類似した感情モデル動物として,GABAA受容体γ2サブユニットのヘテロ欠損(γ+/-)マウスを作製している(Nat Neurosci 2,833-839,1999).

この動物モデルでは,GABAA受容体機能が脳内の海馬など特定部位でのみ低下しているのが観察されているのに加えて,BD系薬剤に対する感受性も不安症状を発症している息者と同様に増大していた.このことから,γ2サブユニットヘテロ欠損(γ+/-)マウスは不安モデル動物としての有用性が期待され,さらにγ2サブユニットの機能変化が不安発症息者における診断マーカーとなり得る可能性も考えられる.しかしその一方で,GABAA受容体5サブユニット自身はBDおよぴ神経活性ステロイドに対して非感受性を示すにもかかわらず,最近のホモ欠損(δ-/-)マウスを用いた検討では,対照群(δ+/+)に比して明らかな鎮静・催眠作用,抗不安作用および神経清性ステロイドに対する感受性の低下が認められることなどから(Proc Natl Acad Sci USA 96,12905-12910,1999),不安症状発現におけるGABAA受容体サプユニット間の相互作用の更なる解明が待たれる.

不安症状の発現やその持続にはGABAA受容体/BD受容体複合体の機能的変化が重要な役割を担っていることは間違いない.しかし,GABAA受容体αサブユニットの機能変化およぴBD抵抗性不安症状にserotonin (5-HT)1A受容体が宣要な役割を果たしていること(J Neurosci 20,2758-2765,2000),神経活性ペプチドなどを含む他の神経伝達物質作動性神経系の機能変化も関与していることも留意する必要が考えられる.今後,不安症状の詳細な発症機序を解明するためには,GABAA受容体/BD受容体被合体の機能的変化を中心に,他の神経伝達物質作動性神経系の機能変化や神経ペプチドの関与などを含めた総合的解析が必要であると考える.

川崎医大・薬理・桂 昌司
e-mail: mkatsura@med.Kawasaki-m.ac.jp
キーワード:不安,GABAA受容体,ベンゾジアゼピン受容体

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