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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

血管内皮機能と綱胞内Ca濃度調節における
ミオシン軽韻キナーゼの役剖

 血管内皮細胞は,血液中に含まれる化学物質や,シアストレス,伸展刺激といった物理的な刺激に応じ,透過性,内皮依存性血管拡張/収縮因子の産生放出,抗血栓性などの機能を調節している.内皮機能調節の破綻が,高血圧や動脈硬化をはじめ,狭心症,心不全などの心血管疾患の発症や進展に深く関わることが明らかにされ,障害された内皮機能を改善するような薬物が,多くの心血管疾息の治療に有効であることが示されてきた.

最近では,ACE阻害薬のみならずHMG-CoA還元酵素阻害薬,Ca拮抗薬,β遮断薬などの有効作用の一部にも内皮機能を改善する作用が合まれる可能性が指摘されている.内皮機能の発現・調節には細胞内Ca濃度の変化がさまざまな程度で関与する.たとえば,内皮透過性は,transcytosisによる細胞内経路と,細胞間隙を介した細胞間経路により調節されるが,虚血や酸化的ストレスなどでは,内皮細胞間が離開し,細胞間隙を介した透過性が亢進する.この細胞間隙を介した透過性上昇の機序の一つとして,Ca依存性にアクチン切断因子であるゲルゾリンが活性化し,F-アクチンの配列変化が生じることが挙げられる(Am J Physiol 260,H1344- 1352,1991; 264, H1599-1608,1993).

また,ブラジキニン(BK)やアセチルコリンなどのアゴニストは,シアストレスとともに重要な生理的NO産生刺激であるが,これらはIP3依存性に細胞内Ca濃度を上昇し,NOSを活性化することでNO産生を増加させる.さらにEDHFやPGI2などの内皮依存性血管拡張因子の産生も細胞内Ca濃度の上昇により増加することが示されている.血管内皮細胞内Ca濃度調節については,心筋細胞や血管平滑筋細胞と異なり,電位依存性CaチャネルやNa/Ca交換機構の役割は極めて小さく,容量性(ストア調節性)Ca流入の役割が重要視されている.BKなどのレセプター依存性アゴニストにより血管内皮細胞を刺激すると,IP3感受性CaストアからのCa放出と細胞外からのCa流入が認められる.この細胞外からのCa流入は,細胞内CaストアのCa含量低下によって調節されることから,容量性Ca流入とよばれ現在では血管内皮細胞にとどまらず,多くの細胞に共通して認められる非常に重要なCa調節機構であることが明らかとなっている.

これまでに細胞内ストアからのCa放出と,細胞外からのCa流入という2つのCa動員現象を結ぶ機構として,calcium influx factor (Nature 364,806-814, 814-818,1993)やIP3レセプターとリンクしたconfomational coupling mode1 (FEBS Lett 263(1),5-9,1990; Biochem J 312,1-11,1995)あるいはvesicle secretion-like model (Cell 98, 475-485,1999)などが提示され,ざらにチロシンキナーゼをはじめとする種々のブロテインキナーゼの関与が示唆されてきた.そのような中,我々は,ミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)が血管内皮細胞においてアゴニスト刺激やシアストレス時に生じる容量性Ca流入調節に中心的な役割を果たしていると考えている.

MLCK阻害は,BK刺激時やシアストレス時に生じる容量性Ca流入を完全に抑制する一方,細胞内ストアからのCa放出には影響を及ぼさない(FASEB J 12,341-348,1998; Biochem Biophys Res Commun 235,657-662,1997;225, 777-784,1996).BK刺激時やシアストレス時にはミオシン軽鎖のリン酸化が亢進するが,MLCK阻害によりミオシン軽鎖リン酸化は抑制ざれ,その程度は容量性Ca流入の抑制と良く相関する.さらに,最近我々は,MLCK阻害によりアゴニスト刺激時のNO産生やEDHF産生が抑制されることを認めている.MLCKは,これまで主に血管平滑筋細胞における収縮反応での役割が注目されてきた.

しかし,MLCKが血管内皮細胞において活性化した場合には細胞外からのCa流入を惹起し,細胞内Ca濃度を上昇させNO,EDHFなどの血管拡張因子の産生を刺激する.このようにMLCKは活性化ざれる場所に応じて,すなわち血管内皮細胞と血管平滑筋細胞においてそれぞれ血管拡張と血管収縮という相反する機能を制御し,血管トーヌスのホメオスタシス維持に関与している可能性が示唆される.

浜松医大・臨床薬理・渡辺裕司
e-mail: hwat@hama-med.ac.jp
キーワード:ミオシン軽鎖キナーゼ,カルシウム,
血管内皮細胞

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