アーカイブ

本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

側坐核ニューロンの発火パターン
から見た薬物強化効果

 乱用薬物の強化効果発現に関わる神経機構についての研究は,実験動物による自己投与(SA)法を用いて,主に側坐核を中心に行われてきた.最近では,薬物探索行動(強化子である薬物を取り除いた状態で生じるレバー押し行動)を指標として薬物に対する欲求の神経機構の解明を目指す研究もなされている.

こうした中で,より直接的に,SA中に側坐核内でリアルタイムに何が起こっているのかを突き止めようとする研究が90年代初頭から始まった.その成果の一例として,microdialysisあるいはvoltammetryを用いたコカインSA中の側坐核ドパミン量の測定により,自己投与行動は側坐核におけるドパミンレベルのphasicな変動に起因することが明らかにざれた.一方,SA中のラットの側坐核ニューロン活動の変化を記録することにより,薬物強化効果の発現あるいは薬物依存の形成機構を解明しようとする取り組みもなされている.

今回はこの手法を用いた最近の研究成果について述べてみたい.L.L.Peoplesらは,ラットのコカインSA中に,その側坐核ニューロンの発火頻度がレバー押し直後に抑制され,次のレバー押しまで漸増的に回復する現象を見い出した(J Neurosci 16,3459-3473,1996).さらにこのような発火頻度の一過性の変化が,レバー押しと無関係にコカインを注入した場合に著しく減弱する(Brain Res 757,280-284, 1997)ことから,薬物摂取行動に対応した特異的な側坐核ニューロンの発火パターンの存在を示唆した.

こうした観察に加え,最近同グループはコカインSAを重ねるに従って,①レバー押し直後の発火頻度の抑制がより強くなること,②コカインSA開始前のbasa1の発火頻度がより減弱することを明らかにした(Brain Res 822,231-236,1999).この知見は自由行動下の実験動物の側坐核単一ニューロン上で可塑的変化が生じている証拠を示すだけでなく,さらにこれらの現象が薬物依存形成の程度を示す電気生理学的なマーカーとして応用できる可能性をも示している.

これらの研究とは別に,R.M.Careniらは,オペラント行動中のラットの側坐核ニューロンのうち,レバー押しの前後数秒で一過性の発火頻度の変化を示すものを厳密に4つのタイブに分類している.すなわち,発火頻度がレバー押しの直前に増加するもの(Pre-Response: PR型),レバー押しの直後に増加するもの(Reinforcement-Excitation: RFe型),レバー押しの直後に減少するもの(Reinforcement-Inhibition: RFi型)およぴレバー押しの前後に2つのビークを持つもの(PR+RFe型)であるこのうちPR+RFe型の発火は,餌や水などの自然の強化子によるオペラント行動中には観察されず,コカインSA中に特異的に認められた(J Neurosci 14, 7735-7746, 1994).

さらに,自然な強化子による強化とコカインによる強化では,側坐核の単一ニユーロンの活動レベルで違いがあることを突き止めた(J Neurosci 20,4255-4266,2000).つまり,餌や水を獲得するためのレバー押しの際に一過性の変化をしたニューロンはコカインSA中には変化せず,さらにはその逆の現象も捉えられた.このことは,側坐核内のコカイン強化に関する情報を処理する神経回路が,餌や水による強化のための回路と異なることを示す.さらに最近,コカイン探索行動を指標として,それぞれの発火パターンの意味付けが試みられた(Brain Res 866,44-54,2000).

コカインSA時にPR型の発火パターンを示すニューロンはコカイン探索行動時においても同様の発火を示したことから,レバー押し行動の開始に関わっていることがわかった.またRFe,RFi型のパターンの発火は,コカイン探索行動時にその頻度が減弱することから,レバー押しの後に得られた応答が欲求を充足させたことによって生じる可能性がある.なお,このタイブの発火はコカイン注入時に与えていた条件刺激(音と光)を取り除くとわずかに減弱す ることから,条件刺激に応答する成分も含んでいるようである.

以上,薬物摂取行動時の行動変容と,その際のリアルタイムな電気生理学的応答とを結ぴつけるこうした方法論は,薬物による強化効果のみならず,薬物に対する欲求や渇望状態の神経機構解明に迫る新たな糸口を与えるものとして 期待される.

九州大・院・薬・薬効解析 藪内 健一
e-mail: yumi@yakuri.phar.Kyushu-u.ac.jp
キーワード:強化効果,側坐核,firing

最近の話題 メニュー へ戻る

 

 

 

このページの先頭へ