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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

カリクレインーキニン系の血管新生
に対する作用を介した病態への新展開

 カリクレインーキニン系は,カリクレインが基質であるキニノゲンを限定分解し,生理活性ペブチド,キニンを産生するカスケードである.キニンは恒常型のB2受容体や 誘導型のB1受容体に作用し,血管拡張,発痛,浮腫,腎尿細管でのナトリウム排泄等を引き起こすことから,急性炎症反応や高血圧発症等に深く関わるメディエーターの一つであることは周知の如くである.

近年カリクレインーキニン系と,血管新生がその進展に関わる病態との関連について幾つか報告がなされてきている.まずキニンの血管新生に及ぼす作用はラット背部皮下スポンジ移殖モデルで評価され,外因的にプラジキニンとインターロイキンlαを同時に投与することにより,新生血管の形成が増強された.ざらにこの作用はB1受容体桔抗薬の投与により抑制ざれ,キニンの関与が示唆された(Hu DE et al.: Br J Pharmacol 109, 14-17, 1993).

血管新生の制御に基づく癌や難治性疾息の治療の概念が急速に浸透しつつある中で,腫瘍組織や癌性腹水中におけるプラジキニンの産生が示ざれ(Matsumura et a1: Jpn J Cancer Res 82,732-741,1991),固形癌におけるEPR(enhanced vascular permeability and retention)effectが,B2受容体拮抗薬の投与により減弱し,癌成長の抑制を胆癌マウスで認めている(Wu Jet al: Cancer Res 58, 159-165,1998).

またプラジキニンは,postcapillary venulesの内皮細胞の成長をc-Fosの発現を伴いmitogenicに促進し,また線維芽細胞増殖因子の増殖促進作用を増強する(Morbidelli L et al: Br J Pharmaco1124,1286-1292,1998).この様にカリクレインーキニン系の活性化により産生されたキニンは直接その受容体に作用し,血管透過性亢進による血漿成分の補給や内皮細胞の増殖促進により新生血管の発育を助長し,さらには腫瘍細胞の成長を促すことが推察される.

一方でこれらキニンの研究とは独立して,キニン前駆体タンパク質であるキニノゲンが細胞接着を調節することにより,血管新生に関わる可能性が最近論じられはじめた(Colman RW:Thromb Haemost 82,1568-1577,1999).この考えは,陰電荷表面を帯ぴたbiomaterialsではキニンの遊離した高分子キニノゲンがフィブリノゲンなど他の接着性タンパク質と置換しやすいこと(Vroman LA et a1:Blood 55,156-159,1980),そのキニノゲンはビトロネクチンやフィブリノゲンによる細胞伸展を阻害する抗接着困子である(Asakura S et al: J Cell Biol 116,465-476,1992)ということを示した実験結果に基づく.これらを発端としてさらに欠失変異体を用いたタンパク化学的解析が加えられた結果,高分子キニノゲン第5ドメイン内の35アミノ酸に,内皮細胞のmigrationとproliferationを阻害する機能領域が見出された(Colman RW et a1:Thromb Haemost 95,543-550, 2000).

そしてそのドメインはニワトリ絨毛尿膜における血管新生をダウンレギュレートすることから'kininostatin'と命名ざれた.高分子キニノゲン欠損患者では,それが内因系血液凝固の補助因子であることから活性化部分トロンボプラスチン時間が有意に延長している.しかしながら出血傾向は報告されておらず,意外なことに深静脈血栓症と肺塞栓症を認めている.この臨床所見と先の実験結果とを考え合わせれぱ,高分子キニノゲンが抗細胞接着作用を介して,antithromboticな方向に防御していることは十分に可能である.また心筋梗塞モデルではキニンは受容体を介して梗塞部位の改善に防御的に働いていることが,カリクレイン遺伝子のgene delivery (Yoshida H et al: Hypertension 35,25-31, 2000)や遣伝的キニノゲン欠損ラットを用いた結果(Lu Y-H et a1: Am J Physiol 278,H507-H514, 2000)からも示されつつある.

その機序の一部としてキニンの梗塞部位近辺でのバイパス血管新生の誘導や,またキニノゲンの血小板や白血球などの細胞接着阻害により,その悪化を遅延させていることが推定ざれる.この様にキニンの血管新生促進作用を遮断することにより腫瘍細胞の増殖を抑制し,逆に増強することにより心筋梗塞の進展を抑制するといった,病態特異的にカリクレインーキニン系を両刃の剣として制御し,実際に血管新生が重要な決定因子となる,その他糖尿病性網膜症やリュクマチ性関節炎などの難治疾患への治療を前進させるために,分子細胞レベルでの詳細な機構解明とin vivoにおける実証の両者が期待される.

北里大・医療系院・分子病態学群分子薬理・林 泉 
e-mail: hayashii@med.kitasato-u.ac.jp
 
キーワード:カリクレインーキニン系,キニノゲン,
血管新生

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