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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

プロテアーゼ活性化型受容体
(protease-activated receptors)

 トロンビンは,フィブリノゲンの分解によるフィブリン産生により,凝固系カスケードの最終プロテアーゼとして機能するのみではなく,血小板を初めとする種々の細胞に作用する多機能分子であることは,以前から認識ざれていた.これらの細胞応答には,"トロンビン受容体"の関与が推定され,血小板における受容体特性に関する生化学的検討が続けられていたが,分子実体については不明であった.

1990年,ヒト臍帯静脈内皮mRNAのウシガエル卵母細胞注入によるトロンビン受容体発現と受容体シグナリングについて報告され,これまで報告されている血管内皮発現ト・ロンビン受容体との類似が示ざれた.翌1991年,2つのグルーブから同時に,ヒトとハムスターのトロンビン受容体cDNAクローニングが報告ざれた(Cell 64,1057-1068,1991; FEBS 288,123-128,1991).cDNAのホモロジー検索で,これらの受容体は,Gタンパク共役型受容体スーパーファミリーに属すことが明らかとなり,また,前者の報告では,受容体活性化にはトロンビン受容体のN末端細胞外ドメインのR41-S42のペブチド結合の限定分解が必要であることが示ざれた.

その後,サブスタンスK受容体cDNAをプローブとして,トロンビン受容体とホモロジーの高いGタンパク共役型受容体cDNAがクローニングされた(Proc Natl Acad Sci USA 01,9208-9212, 1994).その発現受容体は,トロンビンでは活性化されず,タンパク分解酵素活性を保持したトリプシンでのみ活性化されたことから,これらセリンブロテアーゼによる受容体の活性化機構として,特定プロテアーゼによる細胞外配列の限定切断が提唱された.非常に興味深いことに,新しい受容体N末端配列に対応する5-6アミノ酸残基ペブチドは,native受容体の活性化アゴニストになりうることか証明された,

その後現在までにトロンビンによって活性化される,さらに2種類の受容体がクローニングざれ,protease-activated receptor (PAR)サブファミリーとして,PAR-lからPAR‐4と命名されている.PARsの機能 についても興味深い知見が報告されてきている.ヒトの血小板にはPAR-l,PAR-4が発現しており,より低濃度のトロンビンで先ずPAR-lが活性化され,血小板凝集反応においてPAR-4は補完的な役割を担っている(J Clin Inv 103,879-887,1999).一方,PAR-lノックアウトマウスでは,予想されたトロンビンによる血小板凝集の障害は認められず,マウス血小板では,PAR-3が主要な役割を果たすことが示された(Nature 394,690-694,1998).

血小板と並んで重要なPARs発現細胞は,血管内皮細胞と血管乎滑筋である.PAR-lあるいはPAR-2刺激は内皮(NO)依存性の血管拡張反応を惹起する.血管内皮細胞におけるPAR-2発現はLPS,IL-lβ,TNF-αで著明に増加し(J Biol Chem 271,14910-14915,1996),septic shockにはPAR-2が関与することが支唆ざれている(Circulation 99,2590-2597,1999).血管内皮および好中球のPAR-l刺激は両細胞のselectin発現を亢進する.このように,血管破綻に伴うトロンビンの生成は,PAR-l刺激を介して,血管拡張,好中球の集積浸潤を惹起し,炎症反応の進行に密接に関与している.PAR-l,PAR-2刺激により培養血管内皮細胞と平滑筋細胞は増殖亢進がおこるが,冠動脈のバルーン再狭窄モデルでは,血管内膜と中膜層にPAR-2受容体が強発現し,内膜の増殖性肥厚にPAR-2受容体刺激が関与することが示唆された.

PAR-2受容体刺激プロテアーゼとしてこれまでトリプシンの他に肥満細胞トリプターゼが同定されている.肥満細胞には組織アンジオテンシンII産生に関与すると考えられているキマーゼも局在しており,組織構築変化時におけるこれら細胞外ブロテアーゼの機能に興味がもたれる.以下さらに最近の興味ある作用についての報告を列記すると,PAR-lによるNMDA受容体機能の促進的調節,PAR-lおよぴPAR-2のアゴニスト濃度に依存した神経細胞死の抑制あるいは促進,PAR-lの遺伝子導入による癌の浸潤,転移性の亢進,一次知覚神経からのペプチド神経伝達物質の放出のPAR-2刺激による亢進などがある.今後さらに検討が必要であるが,何れも薬理学的に重要な作用である.

個々の受容体に対する低分子アゴニスト,アンタゴニストが現在開発されつつあり,このような薬物の利用によって,受容体機能の解析が一気に進展することが期待される.ある種のセリンプロテアーゼは,細胞外基質消化,PAR受容体刺激,さらにプラスミンでみられる潜伏型TGF-βの活性化のように,前駆体因子の活性型への変換等,多彩な機能が明らかになりつつある.Glia-derived nexin-l/Protease nexin-l/Protease inhibior-7は1973年にneuroblastomaの突起進展活性として報告されたが,その後その活性はトロンビンの抑制に基づくことが明らかとなった.このようにセリンプロテアーゼ,PARs,ブロテアーゼインヒビターは協同して,重要な生体機能調節系を構成していると思われる.

岡山大・医・薬理  西堀正洋
e-mail: mbori@med.okayama-u.ac.jp
キーワード:ブロテアーゼ活性化型受容体,トロンビン

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