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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

アドレノメデュリンと妊娠

 アドレノメデュリン(AM)は1993年,北村,寒川らにより,ラット血小板中のcAMP増加活性を指標にヒト褐色細胞腫より発見された,強力な血管拡張性の降圧作用を有するペプチドである(Xitamula et a1:Biochem Biophys Res Commun 192,553-560,1993).AMは,当初,循環調節因子の一つとして循環器疾息との関わりが主に研究され,高血圧,心不全,腎不全患者などで血中濃度が上昇することが報告されてきた.しかし,褐色細胞腫患者では上昇が認められないことより,その主たる産生部位が検討され,AMが血管内皮細胞,平滑筋細胞で活発に産生されていることが確認ざれた.また一方で循環器だけでなく,脳や肺など生体内に広く分布することが明らかになり,循環調節以外の生理機能が推測された.

1997年には妊娠中に血中AM濃度が高値を示すことが報告ざれ,さらに羊水並びに羊膜にもAMとそのmRNAの存在が証明され,にわかに生殖機能との関与が注圏された(Di Iorio et al:Lancet 349,328,1997).その後,AMがヒト胎盤のトロホブラスト(子官壁に卵子を付着させ栄養を供給する組織)に存在することが免疫組織学的に証明された(Marinoni et a1:Am J Obstet Gynecol 179,784-787,1998).実際,ヒト正常妊婦の胎盤並びに卵膜においてAMペブチドとそのmRNAの高い発現が認められた(Makino et a1:Endocrinology 140,5438-5442,1999).

また,マウスの胎生8日目の初期胎盤において同様に高い発現が確認された.この時期における胎仔各組織のAMの免疫活性やmRNAの発現は究めて低いという.しかし,その後は妊娠の経過とともに,胎仔各組織に広範に発現していた(Montuenga et a1:Endocrinology138,440-451,1997).このようなAMの発現形態は,従来知られているTGF-βやPDGFなどの成長困子にきわめて類似していることから,AMも様々な臓器での成長初期の必須因子の1つである可能性が推測される.

また,マウスの着床時期のトロホブラストでのAM mRNAの発現を見ると,着床前の受胎3-5日ではその発現は認められず,着床直後の受胎7日目にもっとも高い発現が認められ,その後は成熟した胎盤ができるとともに激滅している(Yotsumoto et a1:Dev Bio1 203,264275,1998).一方,その時期には,AM受容体は胎仔やトロホブラストには発現が認められないので,トロホブラストで産生,分泌されたAMは胎仔組織ではなく,母体組織に作用していると考えられ,AMが成熟した胎盤による胎仔・胎盤循環が確立される前の時期での酸素や栄養を供給するために,着床部位での血管に作用し母体血を蓄えて,胎仔を生存させる機構に関与していることが推察される,

妊娠時に,アンジオテンシンに代表される様々な血管作動物質の血管反応性が変化することはよく知られている.そこで妊娠ラットで降庄作用を見ると妊娠初期およぴ中期では降圧作用に変化は認められないが,妊娠末期でAMの降圧作用が増強していた(Makino et al: Eur J Pharmaco1 385,129-136,1999).このことはAMが前述した胎児循環とともに妊娠時の母体に見られる体液量増加や血圧低下などダイナミックな循環動態の変化にも密接に関わっていることが想像できる.一方,産婦人科疾息のなかで母体並びに新生児死亡率の大きな原困の一つである妊娠中毒症は,高血圧,タンパク尿,浮腫を主徴とし,その病態は血管内皮障害に伴う全身の血管攣縮や凝固線溶系の異常を特徴とすると考えられている.

そこで,妊娠中毒症における胎児・胎盤組織でのAMレベルを見ると,臍帯動脈でのみAMレベルの有意な増加が認められた(Makino et a1:Endocrinology 140,5438-5442,1999).これはAMがそのような病態時に血管を拡張ざせ,生体に有利に働いていると思われる.また,AMが種々の高血圧モデルラットにおいても降庄作用が確認され,現在,治療薬への可能性も模索されている.そこで,妊娠中毒症モデルラットでその降圧作用を正常妊娠ラットと比較すると,妊娠初期ではAMは作用を示さなかったが,妊娠後期で血圧上昇の抑制と胎仔死亡率の改善が認められた(Makino et al:Eur J Pharmaco1 371,159-167,1999).

この様に妊娠後期にのみAMの効果を認めたことは,妊娠中毒症の現れる時期にAMに対する血管反応性の感受性が高まり,血管拡張を起こすことで子官・胎盤・胎児循環を改善していると恩われる.この様にAMは妊娠中の生理や病態に深く関わっていることが解明されてきたが,羊水や羊膜でのAMの役割は依然不明で,更なる検討が待たれる.今後は感染症などのその他の疾患との関与も明らかにされることと思われる.

福岡大・医・病態機能系総合研  柴田和彦 
e-mail: shibatak@fukuoka-u.ac.jp
福岡大・医・産婦人科  牧野郁子
e-mail:makino@eb.mbn.or.jp

キーワード:アドレノメデュリン,妊娠,胎児胎盤循環,
血圧

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