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本原稿は、日本薬理学雑誌に掲載された記事を転載したものです。

βアミロイドペプチドの産生系・分解系
に関する最近の知見

 β-アミロイドペブチド(Aβ)を主成分とする老人斑の出現はアルツハイマー病(AD)脳で認められる様々な病理所見に先行して起こることから,発症の引き金になるとして注目されている.ADの予防およぴ根本的治療のためには,沈着が起こる前にAβ産生を抑える,Aβの分解を促進する,または沈着したAβのクリアランスを行うなどが有効な手段となる.しかし,Aβの産生・分解に関与する酵素が不明であることが,予防・治療のためのターゲットを絞り込めない最大の問題であった.

Aβは膜貫通タンパク質であるamyloid precursor protein(APP)を細胞外(Aβのアミノ未端に相当)で切断するβ-セクレターゼと膜貫通領域の細胞質側(Aβのカルポキシル末端に相当)で切断するγ‐セクレターゼによって順次切り出され産生する.特に家族性ADでは,APPにおけるAβドメインのN末端直前の2残基の変異はβ-セクレターゼ活性を促進し,またブレセニリン(PS)遺伝子の変異はγ、セクレターゼ活性を促進し,より凝集能が高い42アミノ酸残基から成るAβの産生を上昇させることが知られている.

このように,β・およぴγ・セクレターゼの制御はAβ産生において極めて重要である.世界規模の競争研究によって,ようやくこれらのセクレターゼの本体が明らかになりつつある.β・セクレターゼとしては,APP変異体を安走に発現する細胞に未知のヒト遣伝子を発現させた約860,000のクローンを作製しAβ産生が増加するものをスクリーニングすることにより,膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼBACE(β-site APP-cleaving enzyme)が単離された(Science 286,735・741,1999 BACE発見については次の論文も同時発見Nature 402,533・537,1999; Nature 402,537・540,1999; Mol Cell Neurosci 14,419・427,1999).

BACEにはホモログとしてBACE1とBACE2が存在し,後者は全身に発現が認められるのに対し,前者は脳特異的である.また,BACE1を細胞に発現させると,βカットを受けたAPPフラグメントが増加し,アンチセンスの導入によって抑えられる'基質特異性や酵素学的性質からしてBACE1がβ・セクレターゼであると考えられるが,主要酵素か否かは今後ノックアウト動物での解析が進めば決着がつくであろう.γ-セクレターゼについては細胞抽出液のPS免疫吸収実験やPS欠損細胞ではγ-カットが起こらなくなることからPSとの関係について興味が集中していた.そこで,PSIの8カ所ある膜貫通部位のうち6番目と7番目にある2つのアスパラギン酸残基がウィルス性二量体タイプのアスパラギン酸プロテアーゼと同様に対をなして加水分解の活性中心を形成する可能性が考えられた.

このアスパラギン酸をアラニンに置換した変異体を細胞に発現させたところAβ分泌量の著しい滅少とβ-stub(βカットを受けたAPPのC末フラグメント)の蓄積が認められたので,PS自体がγ-セクレターゼであると提案された(Natre398,513-517,1999).今年になって,γ-セクレターゼの活性部位をアフィニティラベルするための阻害薬(遷移状態アナログ)の開発が試みられ,その結呆ラベルされた分子はPSそのものであった(Nature 405,689・695,2000; Nature Cell Bio12,428・434,2000).

しかしながら,細胞抽出液からγ-セクレターゼ活性を指標に精製されてくるものは分子量250-1000 kDaであり50kDa程のPS分子よりもかなり大きく,精製したPSが単独でγ-セクレターゼ活性を示すことも依然として認められていない.それ故,γ-セクレターゼは単一分子からなるのでなく,複合体として存在すると考えられていた.このような中で,ごく最近PS結合分子nicastrinが発見され反響を呼んでいる(Nature 407,48-54,2000).

細胞抽出液からnicastrinを抗体を用いて免疫沈降するとPSに加えて全長のAPPおよぴβ-stubが共沈し,nicastrin中の特定ドメインを変異させることでAβ産生をコントロールできることも判った.これらの結果は,β-stubのγカット即ちAβ産生の最終ステップがPSそしてnicastrinを含む巨大なタンパク質複合体により行われることを強く示唆している.Aβ分解系については,3H,14C多重標識Aβ1-42をラット海馬へ注入するというin vivoで分解経路を解析する実験システムから明らかにされている.この実験システムで,様々なペプチダーゼ阻害薬を海馬に前投与した後,多重標識Aβ1-42分解阻害活性を調べたところ,唯一thiorphanおよぴphosphoramidonで著明な阻害効果が認められ,thiorphanのみを数日間脳内に持続的注入すると内因性Aβの蓄積が観察された(Nature Med 6,143-150,2000;Nature Med 6,718-719, 2000).

従って,Aβ分解酵素はthiorphanおよぴphosphoramidon感受性のエンドペプチダーゼと考えられるが,実際には特異的に阻害を受けるネプリライシン(中性エンドペプチダーゼ24.11とも呼ばれる)が主要酵素である可能性が高い.APPの細胞外ドメイン中に存在するα部位(Aβの配列では第1617アミノ酸残基の間に相当)で切断を行うα-セクレターゼについては,ADAMファミリーに属するプロテアーゼが関与すると考えられている.

本酵素活性の正方向への制御はAβ産生を抑制することになるので,今後の研究の展開が期待される.ADの予防・治療に向けてこれらの酵素活性を調節する医薬晶の開発が製薬業界で急速に進行している.

理研・脳科学総合研究センター・神経蛋白制御研究チーム 
岩田 修永、西道隆臣 e-mail: iwatan@brain.riken.go.jp
キーワード:βアミロイドペプチド,セクレターゼ,
ネプリライシン

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